13
路肩の塀が崩壊した。
ぶわっと音をたてて石塊が吹き飛んだ。
次いで振動がやってきた。
地面が波になった。
博斗達は、ガードレールにつかまってバランスをとらなければならなかった。
博斗は、騒動の主のいるあたりを見た。
どうどうと音が響いていた。
その音を背負って、土煙のなかから男が現れた。
博斗は眼をみはった。
これがあのピラコチャだというのか!
体躯の大きさは相変わらずだが、その色が十円玉の赤銅色に変貌していた。
肥満していることも変わってはいないが、いまやその体躯が、あたかもすべて鉄板で出来ているような硬性を、見た目からして感じさせた。
たかだか数日で、なぜこんな変化をしてしまったのだろうか。
ひかりは、憎悪とさえとれるほど強い視線で、ピラコチャを睨みつけた。
その怒りはピラコチャの顔面、その額の中央にのみ注がれていた。
「なんということを…。あなたは、人間であることを捨ててしまったのですかっ!」
博斗は疑問を隠せず、問うように眉をひそめてひかりを見た。
「ピラコチャは…」
ひかりは、ピラコチャの額を指差した。
「ピラコチャは、神官コアを自らの身体に埋めこんでしまったのです」
「そんなことが可能なのかっ?」
「物理的には可能です。しかし、大きな反作用が伴い愚かしいことです。そうまでしてなぜ戦うのか…」
「戦うことにしか自分の価値を見いだせなくなっていたんだろうよ。なんにせよ、俺達にとって問題なのは、奴をどうにかしないと高藻山に行き着かないということさ」
「先に行ってください。この化け物は、あたし達が!」
「いままでのピラコチャとはちょっと違うぞ? いけるか?」
博斗は、いつもよくやるように、疑問の意味ではなく確認の意味で尋ねた。
「さあね…こればっかりはやってみないとわか…」
桜の口は燕に覆われた。
燕は、ぷくうと唇を膨らませている。
「いけます! ねえ?」
遥は、厳しい顔で翠に顔をあわせた。
「いけますわよ」
翠はうなずいた。
「いけるかどうかではない。いかなければならないんだ! …ですよね?」
由布が、この場に不釣合いなほどたおやかな笑顔で、博斗の顔をうかがった。
博斗は、それで不意に気が軽くなった。
「その通りだな。俺は、君たちを信じているし、負けることなんてあり得ないと確信している。それは、俺自身についても同じだ。俺も君たちの信頼に応えたい。必ず片をつけて戻ってくる」
「そうです」
ひかりも口を挟んだ。
「どんな戦いになったとしても、博斗さんとシータさんは、必ず再び陽光の街に戻り、あなたたちと再会出来るでしょう」
遥は、笑った。
「約束です、博斗先生! 必ず、また陽光学園で会いましょうね!」
博斗達がこうして最期の意志交歓をしているあいだ、ピラコチャは、力をたくわえているのか、それとも暴走でもしないように、かっかとした熱を冷ましているのかはわからないが、いずれにしても余裕をみせているように、仁王立ちしていた。
博斗達が大きく二手に別れたことを見ると、ピラコチャは大きく息を吐いた。
「ごはあ」という豪気な音がした。
吐く息さえ赤黒く見えるようだ。
「全員でかかってこないのかぁ? たかだが五人で、俺に勝てるとでも思っているのか? この俺に?」
むっとして頬をぴくつかせた博斗を、ひかりが手をつかんで制止した。
「構わずに、博斗さん。私達には私達の相手がいます」
博斗は、ひかりの眼を見つめ返すことで応えた。
ひかりから視線を外すと、遥達にうなずいてみせた。
「頼んだぞ!」
博斗とひかりは、あとは振り返りもせず、一気に走り出した。
遥は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
ここまで切羽詰まってくると、恐怖や緊張ではなく、笑いしか浮かんでこなかった。
遥は、自ら業火に包まれて変身を遂げた。
遥に続くように、翠達もまた姿を変えた。
「さあ、行くわよ、ピラコチャ! あんたがどれだけパワーアップしたかは知らないけど、さっさと片づけて、あたし達、博斗先生の加勢にいきたいもんでね!」
ピラコチャは、口を開いた。
「お前達は、死ね。死ぬんだ」
消しゴム大の歯から、でらでらと光る黄褐色の唾液がこぼれた。
肌はぐんぐんと濃さを増し、明らかに血そのものが染み出た色となってきた。
瞳は眼球ではなく、ただの石の塊であった。
どこも見つめていない。
遥達は感じ取った。
このピラコチャは、オオダコムーであったホルスよりもさらに危険な存在である、と。
ホルスのもっていた知性が、このピラコチャには存在しない。
それだけに、恐ろしい。
けれど…。
遥は大きく跳躍した。
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