病院を出て、ぐんぐんと三十分ばかり歩き、遥は、高藻山口のバス停に着いた。


この停留所は、陽光中央駅から出ているバス路線の一つの終点にあたる。

ここから、さらに十分ほど麓の緩い坂を登坂していくと、ちょっとした土産物屋の並ぶ広場に出る。


そこから先は、登山道である。

登山道を行った頂上には、高藻神社というとても小さな社がある。

小さいとはいっても、坂東のお遍路順路にはいっているとかで、その季節にはそれなりに観光客もやってくる。

もっとも今日は、時間がもう夕刻近いこともあって、歩く人影もまばらだ。


この山のどこに、その白いツチノコがいるんだろう。

おそらくその白いツチノコが、怪人なのだ。

そして、噛んで傷を負わせた人間をもツチノコ化してしまうのだ。


望が、白い蛇は神の使いだと言っていたのを思い出した。

そんな話は、遥もどこかで聞いたことがあるような気がする。


たぶん桜なら、ただのアルビノの蛇だと言って笑い飛ばすことだろう。

ただ、遥は民間信仰のようなものを、そう簡単には無視できないたちだ。


敵ながら、ムーの怪人は、そんな神聖なものに成りすましたりしてバチが当たらないのかしらなんて心配をしてしまう。


足の向くままにゆっくりと歩き、遥は考えを固めた。


高藻山の登山道は、中腹に山を一周する道があって、その先は頂上まで一本だ。


あの患者が、どこで噛まれたかはわからないが、怪人が人間を狙っているのなら、そのあたりを歩いていれば、必ず姿を見せるだろう。

なにしろ、このあたりを歩いている人影はないに等しい。


いまも、遥の前に、若い男が一人歩いているだけだ。


「あら?」

遥は眼をこすった。

その、前を歩いているのは、さっき病院で見かけた、あの変わり者の青年だ。

「ちょっと、すみません」


青年が振り向いた。

そして、遥の顔を見ると、いきなりにこやかな顔になった。

「やあ、さっきの人じゃないですか。やっぱりあなたも来たんですね?」


なんとも悪びれない調子で言うし、おまけに声は妙に高くて、どことなく音楽的でもある。

それで、遥はすっかり自分のリズムを崩してしまった。


「やっぱり…って、あなたはなにをしに来たのよ?」


聞いている間にも、青年はにこにこ笑いながら後ろ歩きで器用に進んでいく。


「ちょっと、人の話聞いてるの?」

「聞いてますよ。僕のことより、あなたはどうして高藻山に来たんですか?」


逆に聞き返されて、むむっと遥はうなった。

「あ、あたしには、やらないといけないことがあるからよ。白いツチノコを見つけないといけないの」


「ああ、僕もそうなんですよ」

青年が笑った。

「僕も、どうしても白いツチノコを見つける必要があるんです」


遥は、苦い顔をした。

青年は飄々とした顔で、まるで悪びれた様子もない。

いったい何者かしら、この人?

いわゆるオカルトマニアって奴? 見た目からして確かにそれっぽい。いまいち冴えない堅そうな風貌をしている。


でも、それにしては、なんというのか、すごく不思議な眼をしている。

遥をまっすぐに見据えて、心を覗きこんでくるような、おかしな目つきだ。


「ねえ、あの患者さんがツチノコになっちゃったところ、見たでしょ? 高藻山にいるのはね、小さいサイズのツチノコじゃなくて、大きいのよ? お化けツチノコなのよ?」


「そうみたいですね」

青年はくすくすと笑いながら、相変わらず後ろ向きに、すっすっと、転びもせず器用に歩いていく。

まるで遥の話に構う様子はない。


「ちょっとお、聞いてる? 素人のどうこう出来る話じゃないのよ? 君はそのへんの売店で休んでたほうがいいのっ」


「それをいうなら、あなたもでしょう? それとも…」

青年の瞳の輝きが増した。


遥は、赤みがかった奇妙な輝きに見つめられる格好になった。

「あなたは素人じゃない特別な力でも持っているのかな?」


「そ、そんなこと、ないわよ! ないけど、あたしはどうしても探す必要があるの!」

図星を当てられて、遥は、少しムキになって弁解した。


「それは僕も同じですよね?」

「う、う~っ、そうなんだけど…」


遥は口ごもり、そして、ぱっと思いついた。

「そうか、わかったわ。あなた、ツチノコなんて、ほんとはいないと思ってるんでしょ? 伝説だとか、ただ、誰かのいたずらだとか、そんなふうに。だからそんな平気な顔していられるのね?」


青年は、急に笑い止めた。


真面目な顔で見つめられて、遥は、なんとなく萎縮した。

なんだかわからないけど、この人は、普通じゃない。


あたし達のようなムーの力とかそういうのとはなにか違うけれど、でも同じようなおかしな力のようなものを、もっているんだ。

そう直感した。


「ツチノコは、いますよ。白いツチノコが、ね」

青年はそう言うと、またにっこりと微笑んだ。

「いないと、困るんです」

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