「困るって、なにが?」

「それは、僕の都合ですから、あなたには関係ないですよ」

青年はまた、ふふふと笑う。


「はあっ…」

この人を言いくるめるのはとても無理そう。

なにかを知っているような、知らないような、おかしなそぶり。

それに、心の内側まで覗きこんでくるみたいな不思議な赤い眼。


「ねえ、もう、ここから高藻山よ」

「そうみたいですね。日が暮れる前に見つけられるといいんですけど」

青年はいまだにマイペースだ。


「どうしたんですか? ぼうっとしてますよ。さあ、早く登りましょう?」

「ちょっとお。勝手にあたしも一緒に行くって決めつけないでよ」


「そうですか? たぶん、僕には遥さんの助けが必要だと思うんです。白いツチノコを見つけるには、遥さんに探してもらうのがいちばん早い」

青年は、淡々と言って、そしてまた微笑んだ。

「一緒に来てくれますよね?」


「ち、ちょっと待ってよ! どうしてあんたがあたしの名前知ってるのよ!?」

遥は狼狽して、気味の悪いものを見る目で青年を見た。


ひょっとしたら、当のこの人が怪人なの…?

それにしては、なにもムーの怪人らしい気配を感じない。

この人からは、もっとまるで違う奇妙な感じがする。


「そんなことはどうでもいいじゃないですか。僕も驚いているんです。遥さんのような人に出会えて幸運ですよ。これでツチノコがすぐに見つかりそうですから」

青年は相変わらず笑みを浮かべたままだ。


「ぜんぜんどうでもよくなんか、ないわよ!」


「あ、そうですよね。僕の名前をまだ言ってなかった。僕は、えーと…隼ということにしてください。辻堂、隼(つじどうはやぶさ)という名前なんです」


隼と名乗った青年は、右手を差し出した。

「よろしくお願いしますね、遥さん」


遥は、つられて手を出した。

その瞬間、今日いったい何度目になるのかわからない激しいショックを覚えた。

「!?」


隼の手は冷たかった。

氷のような、水のような、そういう形容ではなく、温かさがない冷たさだ。

外気とまるで同じ温度をしている。まるで死人の手のような…。


遥は、弾かれたように手を放した。

そして、疑惑の目を隼に向けた。


「やあ、ごめん。そうですね、僕の手は、ちょっと冷たいから、びっくりしたでしょう?」


ちょっと? ちょっとなんてものじゃないわ。

おかしい。ほんと、この人は、いったい…?


隼の正体を突き止めないと、という警鐘が頭の片隅で響いたのだが、もう片隅では、怖いもの見たさと言うべき冒険心が鎌首をもたげていた。

この際、この人についていってみようか。

何者かよくわからないけど、あたしに害を成そうとしているようには見えない。

もしもってときには、あたしには変身の隠し玉もあることだし…。


「さあ、急ぎましょうよ。一時間もすれば陽が暮れてしまいます」

隼が、顎で道の先をしゃくった。

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