6
望と遥は、部屋のなかに入った。
ここは個室で、ベッドには、半身を起こすようにして、四十歳ぐらいに見える男が横たわっていた。
遥は、すばやく男を観察した。
べつに、これということはないおじさんのようだ。
ただ、頬がずいぶんこけているのは、噛まれた後遺症なのだろうか。
「こんにちは、秋田さん」
望は、慣れた手つきでカーテンを開きながら、彼に声をかけた。
「具合はどうですか?」
「俺は、ほんとに大丈夫なんだろうなあ?」
「大丈夫ですよ。そのことで、少しお話を伺いたいの。かまわないかしら?」
男が、ぐっと身を乗り出してきた。
「ほ、ほんとか? ほんとに聞いてくれるのかっ?」
「ええ…。私じゃなくて、あの子が…」
望は、遥に目くばせをした。
遥はうなずいて前に出る。
「その、あなたを噛んだ蛇のことを、詳しく教えてほしいんですけど」
男は、仏様でも見るような、歓喜に包まれた顔で遥を見た。
「話を聞いてくれるのかっ? ありがとうっ、ありがとうっ!」
「はい。詳しく知りたいんです。大蛇のこととか、噛まれたときの様子とか…」
「ああ、ありゃあ、大蛇なんてもんじゃねえなあ。いきなり茂みからザザーって出てきてよ、でかいのなんのって」
「人間ぐらい?」
「いや、尻尾までぜんぶ入れたらもっとでかかったな、ありゃ」
「色とか形は、覚えてます? あと、なんか鳴き声とか?」
「鳴き声? 鳴き声かどうかはしらねえけど、シャーシャーってな、空気が抜ける音がしてたぜ。色は白かった。そりゃもう、真っ白でよ、雪の塊みたいだったぜ。でもよ、尻尾があったな。足はなかった。だからありゃあ、蛇さ。ばかでかい蛇に決まってる」
「ちょっと待って」
遥は、興奮してきた男を遮った。
形は、ツチノコみたい。でも…。
「白? 白かったんですか? 蛇が?」
「なんだ、あんたも疑うのかよ?」
男の眉が歪んだ。
「い、いえ、そんなわけじゃないんです。ただ、あのう、白い蛇って、珍しいと思って…」
「白い蛇は、古来から神の使いとされてきたのよ」
望が言った。
すると、急に、男が絞り出すようなうめき声をあげた。
「う、うおあああっっっ!」
シーツの上に乗せられていた男の腕がぶるぶると震え、その表面にみるみる薄茶色をしたものがさあっとまとわりついていく。
指の先端から始まったその変化はあっという間に男の腕を覆い尽くし、露出している首筋と顔面も一気に褐色化した。
「喰われるううぅぅ、たす…け…」
男の茶色くかさばった腕がよろよろと伸びて遥の手に触れた。
「ひ!」
遥は思わず嫌悪の悲鳴をあげた。
カサカサしていた。
これが人間の腕? いや、これはどう考えても…鱗。
「遥! 見て!」
望が、遥を男から引き剥がしながら険しく叫んだ。
「蛇!」
男の顔が、唇のあたりを先端にしてきゅうっと前にせり出して歪んだ。
ネズミを思わせる尖り方から、さらに扁平になり肌色が消え、瞳に縦長の筋を持つ蛇の顔となり、割れた舌をちょろちょろ突き出した。
両腕は塩をかけられたナメクジのようにみるみる縮み、パジャマの袖がだらんと垂れる。
下半身はベッドに覆われていて直接は見えなかったが、当然両の脚があったはずの場所から盛り上がりが失われ、代わりに丸太でも置いてあるような一つの大きな膨らみが現れた。
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