男が、遥と望に気付いて顔を上げた。

髪は、ぺったりとしたおぼっちゃま刈りで、高校生が通学に使うような紺色のダッフルコートといい、ドーランでも塗ってるみたいな色の白さといい、なんとも、ガリ勉を絵で表したような風体をしている。


「なんか、冴えない男」

遥は、望にだけ聞こえるように、ぼそっと感想を口にした。


望はすぐにそれをたしなめた。

「男は見た目じゃないわよ。遥はまだ勉強不足ね」


「ふふん、どうせわかってませんよ~だ」

遥はわざとらしく望に怒ってみせた。


「ここでなにをしているんですか?」

と、望が、勤務中らしいキビキビした態度で尋ねた。

「ここは、外来の患者さんの来るところではないですよ?」


「面会したいんですよ、ここの患者さんに」

と、彼は507号室を指差した。

「蛇に噛まれたって、ここの人のことでしょう?」


望は、ふうとため息をついた。

「確かにそうですけど、患者さんは噛まれたショックで、安静状態なの。しばらく面会は出来ないのよ」


「それを言ったら、その人だってそうじゃないですか?」

と、彼は遥を顎でしゃくった。

「あなたは、面会に来たのと違うんですか?」


「あたしはその、妹だから…」

「妹?」


望は、慌てて遥の前に出て、声を遮った。

「か、患者さん…患者さんの妹さんなの、彼女。いましか時間がないからということで、特別なのよ」


「特別…。なら僕も特別にご一緒させてもらうのは駄目?」

「駄目です。だいたい、あなたはどうして面会をしたいの? ご友人?」


「いいえ」

青年は澄ました顔で笑った。

「患者さんとは会ったこともないし、名前も知りません」


「じゃあ、どうして?」

遥は、口をはさんだ。


「僕は、ツチノコを見たいんですよ。伝説の白いツチノコを。噛まれた人なら、詳しい話も知ってるでしょう?」


「そんな話は知りません。患者さんを噛んだのはただのマムシです。とにかく、許可されていない時間に許可されていない場所にいないでください。あちらから、帰っていただけます?」

望は、エレベーターを示した。


つけいる隙を与えない毅然とした態度に、遥は、また惚れぼれとしてしまった。優しさと厳しさが共存していて、なんて素敵なんだろう。


青年は、露骨に不満そうな顔で望と遥を見たが、ふうとため息をついて背を向けると、エレベーターのほうにすごすごと歩いていってしまった。


青年が離れると、遥は望にささやいた。

「ちょっとかわいそう。望さん、厳しすぎない?」


「仕事は、仕事だもの」

望は、さも当たり前という顔で言う。


それを見て、遥は少し恐縮した。

「ごめんなさい。あたし、妹だから無理言っちゃってるのかな」


「遥、勘違いしないでね。私が遥を案内するのは、遥が妹だからじゃないのよ。使命感をもってきちんと行動している、そういう一人の人間として尊敬しているから、案内するの」


「尊敬…? 望さんが、あたしのことを?」

遥は耳を疑った。

遥が望を尊敬することは山ほどあっても、その逆は絶対にないと思っていた。

「あ、ありがとう、望さん。でも、なんで? あたし、望さんからみて、そんなすごいことしてるのかな?」


「すごいかどうかはわからないけど。遥。なにか一つのことに向かってまっすぐ生きるって、大切なことだと思うわよ。とても簡単なことに思えて、実はとても難しいことだもの。そういう生き方を遥がしようとしてるなら、私はどんと協力するつもり。そこに血のつながりなんて関係ないと思うわ」


さっきの青年が、やってきたエレベーターに乗って姿を消すと、望は会話を止め、507号室のドアを小さくノックし、ノブに手をかけた。

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