桜は、はっと目を覚ました。


「気がついたか、桜君?」

桜を安心させる声がした。


「せんせ…」

「怪我は?」

「大丈夫。ちょっと頭を打っただけ」


桜は訊ねた。

「グリーンは? メイドグリーンに会わなかった?」

「いや。俺が来たときには誰も。どうかしたのか?」


「いや、どうも、あの子に襲われたような気がするから…」

桜は首を傾げた。

「でもメイドグリーンがそんなことをするはずはないと思うけど」


「メイドグリーンって、あのロボットだろ? まさかあいつ、感染したコンピューターのそばにいたりしなかったか?」

博斗は桜の肩を前後に揺すった。


「え、えっと、バックアップとシャットダウンを頼んだけど」

桜は戸惑いながら答えた。


博斗は、ピラコチャの話を盗み聞きした内容を桜に聞かせた。

見る見る桜の表情が変わっていく。


「それは、まずいよ。なんてことだ。メイドグリーンの頭がもし狂ったら、たいへんだ」

「あいつ、武器を持ってるんだろう?」


「うん。二十六種類。怪人と戦うためにつけたつもりだった。でもこれじゃあ、あだになる。メイドグリーンが人間を攻撃すると、たいへんだ。対怪人用の武器が人間向けに使われることになる」

「参ったな。怪人を倒せばどうにかなるのかもしれないけど、怪人の居場所もまだわからないし」


「僕、メイドグリーンを捜す」

「見つけたらどうするんだ? 電源スイッチとかあるのか?」

「ないよ、そんなの」


「じゃあ、見つけてもどうにもならないじゃないか」

「そんなことはないよ。方法はある」

声が震えてきた。

「もしどうしても必要になったら、破壊も辞さない」


博斗は動きを止めて桜を見た。

「出来るのか、そんなこと?」

「出来るよ。変身すれば」

「そういう意味じゃなくて…」


「わかってる。そうなる前に止める方法があるから平気だよ、きっと」

桜はそれ以上言わずに、博斗を後に残して実験室を出た。


僕がなんとかしなくちゃ。僕の責任だから。

ひょっとしたら、こんなことになるんじゃないかって、僕には予期出来ていたのかもしれない。

メイドグリーンにロボット三原則を植え付けたのは、もしかしたら、予期していたからかもしれない。


人間って、卑怯だな。

ロボットはしょせんロボットなのかな。

ロボット三原則なんて。


桜は思い出そうとした。


なんのために僕はメイドグリーンを創ったんだっけ?


人間をゼロから創ることが出来るかどうか。

それが人智の限界を知るための道だったような気がした。


いや。

それは後から自分自身にそう言い聞かせた詭弁だ。


僕ならこんなものが創れるという自己満足だったのかもしれない。

誰かに自分の才能をもう一度認識してほしかったからかもしれない。

自分のことを見てくれる存在がほしかったからかもしれない。

遥達と別れた後も一緒にいてくれる友達がほしかっただけなのかもしれない。


そんな理由で新しい生命をつくったの、僕は? そんなくだらない理由で?


くだらないけれどとても大切なことだった。

僕にはメイドグリーンは必要だった。


人間のように振る舞うメイドグリーンを見ていて、疑問をつきつけられた。

僕はこれからどうしていけばいいのか。

もしムーとの戦いが終わったとして、そのあと僕はどうすればいいのか。


たとえば宇宙の生まれた瞬間に、宇宙が生まれる前に、そこになにかが存在したか存在しないかを知ることは大切だろうけど、でも、自分のそばにいる人と挨拶したり、笑いあったり、涙流して抱き合ったりすることだって、同じぐらい大切なんじゃないのかな。


どっちのほうが価値があるとか、エライとか、そういうことじゃない気がする。


いまメイドグリーンはウィルスに侵されている。

助けよう。

取り返しがつかなくなる前に、ロボット三原則を思い出させないと。


もし、それに失敗したら?

そのときは。


桜は走った。

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