桜が司令室に飛びこむと、額に汗を浮かべてすっかり弱った表情をしていた理事長が、少しだけほっとした表情に変わった。


奥では、ひかりが、矢のような速さで手を動かしてコンソールを操作している。


「司令室をシャットダウンするしかないよ」

桜は理事長に言った。

「うむ。酒々井君もそう言っている」


「ああ、桜さん、ちょうどよかったです。データは退避しましたから、司令室を停止させましょう」

ひかりは、筐体の一部を開け、中にある古風な赤いレバーを引き降ろした。


なんとも心細くなるチュウウンというひ弱な音が響き、司令室のコンピューターから電気が消えていき、死んだように静かになってしまった。


蛍光灯の明かりが、なにも映し出さないビデオパネルに反射している。

なにかをサーチすることも、街の様子を見ることも、いまは出来なくなってしまった。


「信じられない繁殖力だ。どんどん自己改良と増殖を繰り返して、ワクチンがファイルを消しにかかると、消し終わる前に姿を変えてまた増殖していく。これはほんとに化け物ウィルスだよ。あちこちのコンピュータもたいへんなことになってるんじゃないかな」


「もし怪人の仕業だとすれば、どこかにいるはず。あるいは、感染経路をたどることで居場所を突き止められるかもしれませんし。すぐに行動に移りましょう」


「うん。…他の人はまだ来ないの?」


「そのようだな。瀬谷君はいつもならもう来ている頃だと思うが…なにかあったのかもしれない。なにしろ、様子を知ることが出来ないからなあ」

理事長は、なにも映し出していない灰色のビデオパネルを顎でしゃくった。


「遥達もまだ来ないのか…。参ったなあ」

桜は腕組みをして考えこんだ。


「由布さんは、いると思います」

ひかりが言った。

「格技場から朝練の音がしていましたから」


「あ、ほんと? よし、僕いってくる。怪人の居場所を突き止める」


桜は、格技場に向かった。


朝練を終えた剣道部員達が格技場の入り口から、蟻みたいに続いて出てきた。


そのなかに、少し浮かない表情をした由布の姿を桜は見つけた。

と同時に、由布のほうも桜に気付いた。


二人は格技場の入り口に座り、桜は自分が知っていることの顛末を話した。

由布はなにかを知っているわけではなかったが、鋭い勘は健在で、なにかが近くにいるという気配は感じていたようだった。


「さっさと怪人を見つける必要がある。僕はデジタルに探すから、由布はアナログで探してよ」

「アナログ?」


「そう。その勘をはたらかせて、目と耳と足で探して。きっと怪人は、コンピューターに接続されているところにいると思うんだ。コンピューターそのものか、じゃなきゃ電話回線の近くとか。そういうところを潰していけば、必ず見つかる気がする」


「わかりました」

由布はうなずいた。

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