実験室には桜がいた。

桜は険しい表情でモニターと睨めっこしていたが、頭をかきむしると、モニターから離れて立ち上がった。


「ドウシマシタカ、桜サン?」

すぐそばで直立しているメイドグリーンが桜に聞いた。


「どうしたもこうしたもないよ。こいつはまずい。とんでもないウィルスが司令室のネットワークに入りこんできた。これは大物だよ。常に増殖と変異を繰り返している。このままじゃあ、すぐに司令室から実験室からあっちこっちのデータが破壊されるか、見放題になるか、どっちにしてもたいへんだ」

「ソ、ソレハ一大事デス。ドウシマスカ?」


「僕は司令室に行ってネットワークを切断してくる。だからグリーンは、ここのネットワークの切断をお願い。それから、まだデータまでは感染してないから、データをバックアップしてオリジナルは全部破棄して」

「ハイ」


「間違いなく出来る?」

「大丈夫デス。桜サンガヤルコトハ、横カラ見テイテスベテ覚エマシタ」


「さすがだね。僕が作っただけのことはあるよ」

桜はにっこり笑って、メイドグリーンの冷たい頬に頬擦りした。


メイドグリーンはちゃんと赤面する。薄膜の皮膚表面の下にLEDを埋めているだけではあるのだが、てきめんの効果だ。


「任セテクダサイ。キット、桜サンノオ役ニ立チマス!」

メイドグリーンの鼻にあたる部分から蒸気が吹き出した。

「ダカラ、後デマタ、ナニカシテクダサイ」


「なにか?」

桜は聞き返した。


「ナ、撫デテクレルトカ、スリスリシテクレルトカ…」

メイドグリーンは細い手を伸ばしてガリガリと頭を引っ掻いた。


「わかったよ。なんかもー、こりゃたまらんっ! ていうのをやったげるからね」

桜はVサインを出した。


桜は白衣を脱ぐと、制服だけの身軽な格好になった。

そしてメイドグリーンを後に残し、実験室を出た。


メイドグリーンのAIは、自分で言うのもなんだが、たいしたものだ。

人間で言えば五歳か六歳ぐらいの情緒を持ち合わせている。


そんな仕組みをどうやって創れたのか、いま考えるとよくわからない。

ひかりの知識と自分の知識と、あとは直感と、創ったほうがいいという本能的な欲求に駆られてしゃにむに創った。


もう一度創れといわれるとたぶん創れない。

どうして自分にそんなものを創ることが出来たのか、信じられないときがある。


メイドグリーンを学会に出せば確実にノーベル賞ものだろう。

でも、そんなことをする気はない。


学会とかそんなのが嫌いだからってのもあるし、それに、メイドグリーンを好奇心の対象としてしか見ないような人間達に会わせたくはない。


陽光学園なら、ここの仲間達なら、ロボットでもなんでも、受け入れてくれる。


桜は思うのだ。

メイドグリーンと、人間と、どっちが人間らしいんだろう?

人間のなかにも、愚にもつかないようなことをするのがいる。

そういうのと、この純朴なメイドグリーンと、どっちがより人間らしいんだろう?


ロボットは人工物だから駄目?

じゃあ人工受精で生まれた子どもは?

人工物じゃないの?


身体が有機物で出来ているか無機物で出来ているか、それがそんなに重要なことなのかな。


人間らしさってのは、きっともっと他のところにあるんだと思う。

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