考え事をしながら歩いていた翠は、遥に呼ばれて振り向いた。


「いいですわよ」

翠はそう言ったが、遥に構うでもなくさっさと歩みを進めた。コツコツとヒールが床を刻む。


「そんなに急がなくたっていいじゃない。聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」


「あのさ、今日、なんかおかしいと思う? 今日なんかおかしな気配を感じたとか、そういうのない?」

「ムーですの?」


「わかんない。あたしは、別になんか感じたってわけじゃないんだけど…」

「ほほ。遥さん鈍感ですからね。他の人が気付いていることでも気付かないのかもしれませんわよ」


「な、なんですって! じゃあ、翠はなにか感じたの?」

「いいえ、なにも」

「あーあ、あんたに聞いたあたしが馬鹿でした」


「でも…」

翠は言葉を継いだ。

「翠様。本日は仏滅ですぞ…って、暁が出掛けにしつこいぐらい言ってましたわ。暁の迷信深さにも困ったのですわね」


「うーん、でもあながちそういうのって捨て難いわよ。だって暦って、星の動きとかそういうのでつくられたんでしょ? 博斗先生の話だと、星の動きって言うのは、ムーにとってはすごく大切なことだったらしいわよ」


「まっさか。わたくしはそういうのは信じませんわね」

といった端から、翠はバランスを崩して遥の肩にしがみついた。

「ヒールが…」

「え?」


翠は、右足のヒールを脱いでひっくり返してみせた。

ぶらーんぶらーんとヒールの足がふらついている。

「ふ、不吉ね…」

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