10
「う…」
「あ、よかった! 目を覚ましたみたいよ」
遥は、司令室の片隅のベッドに眠っている博斗の様子をみていたが、博斗がかすかな声を上げたことに気付き、一同を呼んだ。
遥は、静かに眠っている博斗の顔を見た。
見た目にはなにも悪いところはない。ただ眠っているだけ、というのがひかりの意見だ。
いきなり博斗が、蝶番のようにバタンと上半身を起こした。
そして、ゆっくりと顔を遥達に向けた。
遥が見たその眼は赤く血走り、まぶたから転がり落ちるのではないかと思えるほどに膨れ上がり、そして、濁っている。
「先生?」
遥が恐る恐る声をかけると、びくんと博斗は反応し、口を開けて獣のような唸り声を上げた。
「ウオオオォォッ!」
博斗は、びゅっと風を切る音さえ聞こえるような勢いで腕を伸ばし、遥の襟のあたりをつかんだ。
遥がとっさに身をよじると、博斗につかまれたままの襟首がびりびりと破れた。
「やだっ、ちょっと!」
遥は、破れ口を手で押さえ、後ずさりした。
「どうなってるの? 先生、おかしいわ?」
「まるで、野獣みたいですわね」
と言った翠に、博斗の眼が向けられた。
しょう油でも垂らしているように、ぽたぽたとよだれがその口からこぼれている。
「オンナアァァァァァァ!」
博斗は叫ぶなり、翠に飛び掛かってきた。
「ごめんあそばせ、博斗先生!」
翠はすっとパンチを博斗の顔面に出した。
ところが博斗は、あろうことかそのパンチを歯でがっちりとくわえこみ、べろべろと舌で舐め始めたので、翠はぎゃーぎゃーと嫌悪に満ちた悲鳴を上げた。
「こ、こんなの、もう博斗先生じゃありませんわ! ただの変態、怪物、化け物! 誰かわたくしの手を外して~!」
「やあっ!」
応えて後ろから燕が博斗の頭をつかんで引っこ抜いた。
すると博斗は左手を後ろに伸ばし、燕を背中に引き寄せると、右手で体をまさぐり始めた。
「いいいいいいやだ、やめてよっ!」
燕はもがくが、博斗の左腕で押さえこまれているだけなのに逃れることは出来ない。
「嘘だ。燕のパワーでも駄目なんて…まるで怪人だ…」
博斗は、燕をまさぐるのをやめて右手を桜に伸ばした。
「ひっ!」
桜は逃れようとしたが、博斗の腕はがっちりと桜の細い腕をつかんで引き寄せた。
「う、うわわわわわあああ! 緊急回避!」
桜が叫ぶと、シビビビビと鋭い音がして、博斗の髪の毛が逆立ち、手が離れた。
桜はほうほうのていで博斗から逃れ、遥達のところに戻った。
「どうして、どうしてこんなことに…?」
由布は、呆然として座りこんだ。
どうして?
その問いが重なり合って無限に押し寄せてきた。
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