11
「違いますよ」
突然声がかけられ、由布はどきりとした。
放心した顔を上げると、ひかりが覗きこんでいた。
まるで心をよまれたようだと思ったが、なんとなく、それならそれでいいという気もした。
「あなたの悲しみや苦しみは重い。でもそれは、人と同じようにささやかな喜びを得てはいけないということではないのです」
由布は、ひかりの瞳に深い色を見い出した。
なぜだろう。この人もとても寂しそうな瞳をしている。
だが、不思議に心が穏やかになる。
「どうするのよっ! 博斗先生を攻撃なんか出来ないわよ!」
「わたくしにいい考えがありますわっ!」
「『逃げる』ってのは却下よ!」
「しゅん…」
「僕に任せて! ちょっと荒っぽいけど、いま麻酔針を打ちこむ!」
桜は、眼前の博斗の胸元を、すっと取り出した麻酔銃で狙った。
「発射!」
博斗は目にもとまらぬ速さでぶんとグラムドリングを抜き、あろうことか、自分に向かってきた針を打ち払ってしまった。
「あちゃーっ! 意外とやるもんだね、博斗せんせも」
「んな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ! どうするのよ!」
「うーん…」
桜は腕組みをしてやや考えたが、ぽんと手を叩いた。
「誘惑する」
「は?」
「だからあ、誰かがおとりになってせんせの気を惹きつけて、その隙に死角から麻酔針を打ち込む」
「だ、誰がおとりになるのよっ?」
「うーん…翠なんかどう? 見るからにそそる肉体…ほげっ!」
桜は翠に蹴飛ばされた。
「貧しい肉体もたまにはよろしくてよ。わたくしは、イヤ」
ひかりが、由布の手を握った。
「自分の力で、道を切り開いてご覧なさい。もう、あなたのような人は増やしたくないのでしょう?」
はっとして、由布は、すっくと立ちあがった。
「私がやります。私の責任ですから」
「でも…」
遥が抗議しようとすると、ひかりが制止した。
「それがいいでしょう。あるいはこれは、由布さんが乗り越えるべき一つの壁であるかもしれませんから」
遥はしばらく逡巡したが、真摯な目で由布を見つめた。
「由布。あたし達、由布がどんな想いをもっているのかはわからないけど、でも由布のこと好きよ。だから由布に頼む」
「はい」
「よしっ! じゃあ、いっちょう、行くとしますか!」
遥が翠、燕、桜に声をかけた。
四人はめいめい四方に散らばった。
桜は机の陰で、じっと機会をうかがう。
遥達三人は、なにがなんでも由布を助けられるように飛び出す準備をする。
ぐるるるると喉を鳴らして博斗が近づいてきた。
由布は両手を下ろして博斗の正面に立った。
圧倒的な暴力の気配に飛んでいきそうになる意識を必死につなぎとめ、博斗の濁った目を受け止めた。
博斗が、突進してきた。
由布は唇を結んで身をこわばらせたが、強く自分に言い聞かせた。
わたしは、負けない。
由布の手が伸び、博斗の背中を包みこんだ。
抱擁された博斗は、身を震わせて動きを止めた。
由布は目を閉じて静かに博斗を包んでいた。
遥と翠と燕は、抱き合って息を呑んでいた。
「静かになった…」
ひかりは優しい目でうなずくと、声を飛ばした。
「桜さん!」
「はっ!?」
桜はあたふたと照準を合わせ、引き金をひいた。
桜が放った麻酔針が、由布の腕の間をくぐり、博斗の背中にぷすっと突き刺さった。
効果はてきめんで、博斗は「きゅうっ」とうめくと、目を回してへなへなと崩れた。
「あ…」
由布は倒れゆく博斗の体を支えようとしたがかなわず、博斗はずるずると床に滑り、そのまま高いびきをかきはじめた。
「やれやれ」
桜は安堵に胸をなで下ろした。
「しかしえらい目にあったね」
「ねえ、こんなことするのってさあ…」
燕が言いかけると、翠がうなずいて遥と顔を見合わせた。
「怪人の仕業ね!」
博斗の胸に手を置きながら、ひかりは言った。
「校門の裏手の道です。博斗先生は私が様子を見ます。あなたた達は怪人を」
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