3
博斗は、教員室の接客用ソファにぐでんとでかい態度で座りながら、茶菓子をたしなんでいた。
誰かが教員室のドアを開けて入ってきた。
ソファと教師達の机との間は、ガラスの衝立てで仕切られているので、博斗は、妖怪ろくろ首よろしく、ひょろっと首を伸ばして顔を突き出した。
「そのくるくるヘアーは翠君だ。んで、なに怒ってるんだ?」
翠はカツカツと博斗に近づくと、衝立てをまわりこんで博斗の横に立った。
翠は、どうでもいいようなことでもすぐに腹を立てるきらいがあるから、今回もそんなところだろう。
ただ、その顔には明らかに怒りとは違う感情―戸惑い―のようなものが見え隠れしており、どうやらきちんと相手をする必要がありそうだと博斗は考えた。
「とりあえずこっち来て、お茶でもどうだ? うまい羊羮があるんだ」
翠は博斗の向かい側のソファに静かに腰をおろした。
足はきちんと斜めに揃えてお嬢様。しかし、なんとなく落ち着かない様子で、妙に体をもぞもぞと動かしている。
「まずこれだ。ほら、羊羮でも食えや」
博斗は皿を差し出した。
「お茶もあるぞ」
翠は眉をぴくつかせた。
「なんだか…。爺臭いですわね」
どうしてこんな人に相談をしようとしているんだろうかと、翠はちょっと自分の頭を疑った。
だが、差し出された以上はつつしんで食するのが礼儀だと心得ているため、爪楊枝に手を伸ばし、羊羮を口に運んだ。
なるほど、確かにおいしい。
「ふ、ふふん。たまには庶民の味もいいものですわね」
翠が渋々認めると、博斗が、いつのまにか湯飲みを取りだし、急須からとぽとぽと茶を注いでいた。
「どうだ、落ち着いたか?」
確かに、なんとなく落ち着いたような気がする。
だが、それを認めるのが妙に癪で、翠はむすっとしたままうなずいた。
「そりゃよかった。頭が冷めてるときのほうが話はしやすいからな。んで? なんか話があるんじゃないのか?」
「実は、桜さんに、ゲンガマンショーというのをわたくしの力で開いてくれと頼まれたのですわ」
「ゲンガマンショーっていうと、あれだろ? 『陽光タワーで、僕と握手!』ってやってる…」
「そうなんですの? わたくし、そんなことちっとも知らないのですけれど…」
「まあ、君の年頃なら知らないほうが自然だろう。教えてほしいことはなんだ? 五人の名前か? 主題歌のタイトルか? いままでのあらすじか?」
「そんなことじゃありませんわ。…わたくし自身、なにを聞きたいのかよくわからないのですけれど…。なにか、おかしいのですわ」
博斗は、翠をじっと見た。
「な、なんですの?」
「よし、それじゃあ、散歩でもいくか」
博斗はいきなりそう切り出した。
「さ、散歩? わたくし、そんなことより…」
「まあ、いいじゃないか。悩みごとがあるときは気分転換も大切だぞ。暖かい太陽と爽やかな風、そして萌える新緑を見れば考えの整理もつくってもんだ」
「いまは一月半ばですわ。太陽は寒いし風は冷たいし、葉っぱはみんな地面に落ちていますわ」
「まあ、細かいことは気にするな。人間ってのは、狭いところにいると考え方まで狭くなるし、広いところにいれば広くおおらかに物事を考えられるようになるもんだ」
あの手この手で軽妙に話しかけてくる博斗に油断してやや無防備になっていた翠の心に、その誘いはストレートに刺さった。
翠はどきりとした驚きを隠そうと、大きな声で博斗をせかした。
「ほら、散歩に行くのでしょう? 早く行きますわよ」
翠は鞄を肩にかけて、一人でさっさと教員室を出た。
博斗は、苦笑しながらその後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます