4
博斗は、腕を頭の後ろで組んでぶらぶらと歩いていた。
翠がなにか言うと、それに応えてやる。
少しづつだが、翠の悩みがいったいどんなものなのかわかりかけてきた。
「つまり、みんなが正当に自分のことを評価していないような気がすると、そういうことか?」
「そうですわ。このわたくしは、一般人とはレベルが違うのですわ。わたくしが動くからには、それ相応の評価をしてほしいのですわ」
「それ相応ってのはどういうことさ? 具体的にはなにをしてほしいんだ?」
「具体的には…」
翠は言葉に詰まった。
「あら豪徳寺さんすごいわね、お金持ちね、偉いのね、とか、そんなふうに誉めてほしいのか?」
「ち、違いますわ。そういう誉め方は、いままでされたことがありましたけれど、ちっともうれしくありませんの。わたくしがほしいのは、もっと違うのですわ」
「じゃあ、いまのままでいいじゃないか。みんな普通に翠君と接して、普通に翠君に感謝して、それでいいんじゃないのか?」
「普通? わたくしは普通ではありませんわ」
なにかがわかりかけてきたと博斗は感じた。
翠は、二つの自我の間で苦しんでいるのだ。
一つは、昔からつくりあげてきた、周囲に殻をつくり、一段高いところに鎮座している翠。
もう一つは、おそらく遥達や、そして博斗と接しているうちに芽生えてきたのであろう、仲間想いで心優しい翠。
博斗は、なんとなく気付いていた。
もしかしたら、翠は、五人のなかの誰よりも博愛的かもしれない。
ときどき、そう感じさせる節がある。
ただ、それを自分で認めることが出来ずに、苦しんでいるような気がする。
なんとかして、翠が自らつくりだしている殻を破れないものだろうか。
児童公園を通りかかったところで、博斗は、そのなかに見覚えのある子どもの姿を見つけ、声をあげた。
「おう、あれは確か…」
「玉次郎とあずさですわね」
あずさは公園の入り口辺りで、恥ずかしそうに辺りを見回している。
玉次郎は、謎の球体状の遊具のそばで遊んでいる、玉次郎達よりさらに幼い二人の男の子になにかをしきりに訴えている。
男の子達は、なにかのお面をつけてさっきからふたりでポーズをとっているのだが、そのたびに玉次郎が首を振って止めに入っている。
「ねえー、玉次郎~。帰りますわよ?」
あずさが、いっこうに帰ろうとしない玉次郎に、不機嫌そうに言った。
「ち、ちょと待ってよ、もう少し。このままゲンガマンの変身ポーズをまちがっておぼえられたらたいへんだもの」
その言葉は、公園の入り口から様子を見ていた博斗と翠にも聞こえ、二人は「おやっ」と顔を見合わせた。
「なにをしているんですの? あの子達?」
「ゲンガマンごっこだろ」
「なんの話ですの?」
「そうか。女の子じゃやらないだろうなあ。でも、翠君にだって子どもの頃のそういう思い出の一つぐらいあるんじゃないのか? なんだ、ほら、リカちゃんとかそういうのは?」
「さっぱり知りませんわ。お稽古がたくさんありましたから。テニス、ピアノ、書道、華、茶、日本舞踊、水泳、バレエ…」
「わ、わかった。そのへんで止めといてくれ。そりゃたいへんだったろうな。でも、そんだけ色々やったわりには、いまの翠君にあまり生かされてないような…」
「悪うございましたわね。好きでやったことでもないものですから、覚えが悪かったのですわ。好きだったのはテニスとピアノぐらいですわね。あとはやるのも嫌でしたから、もうほとんど覚えてませんの」
「ふうん。んで、子ども時代には遊んだ記憶がないと?」
「そうですわね。暁に外に出してもらったのが一回。勝手に遊びに行ったのが一回。それだけじゃないかしら?」
翠は視線を落とした。
博斗は、苦い顔をした。
なんということだ。まったく歪んでいる。
きっと、寂しかっただろうな、そんな子ども時代は。
「楽しかったか? それで?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そんなのわかりませんわ。だって、それ以外の子ども時代を知らないんですから」
翠は小さな声で言った。
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