生徒会室では、毎度ながらちょっとしたもめごとが起きていた。


「ね、お願いだよ」

桜が翠にすがっていた。


「今年は忙しくて一回も行ってないんだよ。今年も見ないとなんかこう、しっくり来ないんだよね。放送終わらないうちに見たいんだよ~。ね、お願い、今度の土曜日! いいでしょ?」


「どうしてわたくしがわざわざなんとかショーを開く手筈を整えないといけないんですの?」

「いいじゃない、そのぐらいしてくれたって。べつに翠がしてくれなくていいんだよ。ただ、手回しをしてくれれば…」


「ですから、どうしてわたくしにそんなことを頼みますの?」

「だって、陽光放送の筆頭株主って豪徳寺電機産業だって聞いたから…。なんかのつてで、そういうの出来ないかなあとか思ったんだよ。あ、そっか、わかった! 天下の豪徳寺とか偉そうに言ってるけど、ほんとはそんなこと出来ないんじゃないの? だから渋ってるんでしょ?」


カチンときた翠は、えへんと尊大に胸を張った。

「見くびられては困りますわ! ゲンガマンだろうがなんだろうが、わたくしの一声でやってやろうじゃありませんの!」


「ふふっ。恩にきるよ、翠ちゃん」

桜が小悪魔的微笑を唇に浮かべ、ひらひらと手を振って翠から離れた。


翠は腹立ちのあまり、しばらく息をすることさえ忘れていたが、ようやく我にかえった。

思う通りにふるまえないもどかしさがあった。


なぜ素直に頼みを引き受けられないのだろう?

ほんとうは、どんな些細なことでも、自分を頼りにしてくれる仲間がいるということが、それだけで誇らしくてうれしいというのに、なぜ素直になれないのだろう?


翠は、他の人間達とは違う。

生まれたときから別格なのだ。

選ばれた人間。そういう言葉を古文で習ったおぼえがある。

「殿上人」でよかったような…。


その翠が、なぜわざわざ、なんの足しにもならないことを桜達のためにしてやらないといけないのか?

しかもお礼の言葉は「恩にきるよ」ひとことっきり。

いったい何様のつもり? 慣れ慣れしいにもほどがある!


と翠は腹を立てているのだが、しかしいっぽうで、そんな自分にノーを言いたがっているもう一人の自分がいる。

そのもう一人の自分は、いままでの翠の十七年間の人生のうち十六年間は存在もしなかったのだが、この数カ月でいつの間にか翠のなかに生まれ、このところしきりに外に出たがっていた。


引き受けた以上はやるしかないと、翠はゲンガマンショーとやらをなんとかする気になっていたが、それにしても、なんだか宙に浮いているようなこの感覚はすっきりしなかった。


暖房の効いた生徒会室はほんわかと暖かく、こうしていると眠気に襲われる。

この寒いというのに外ではなにかの部活の練習のかけ声が聞こえ、そういえば最近は生徒会室にいることばっかりで全然部活に出ていないことを思い出した。


テニスは楽しい。それは事実。

ただ、いまの翠は、生徒会室にいるときのほうが心が落ち着く。


どうしてこんなふうになってしまったのだろう?

すべては四月に始まり、そして、もう戻ることが出来なくなっているということは間違いがない。


しかし、変わりつつある自分が、怖い。

翠は、鞄をとると、しゃきっと立ち上がった。


翠は、教員室に向かうつもりだった。

博斗は、役に立つかどうかは別として、少なくとも親身になって相談にのることはしてくれるはずだ。

いま翠が求めているのはまさにそれだ。


同輩にはうまく説明が出来なく、なんとなく笑われそうな気もするおかしな悩み事かもしれない。

だから、話を聞いてもらえるだけでもいい。

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