2
「ねえ、今日って何日だったっけ?」
遥の何気ないひとことが、発端だった。
「12月22日火曜日13時43分」
桜が時計を見ながら答えた。
「でもなんで?」
「え、いやー、あのね、稲穂に年頭挨拶の原稿頼まれてるんだけど…」
「まだ書きあがっていないんですか?」
由布が聞いた。
「そういうこと」
遥は肩をすくめた。
「いちおうほら、大晦日に稲穂も学校に呼んでるから、そのときでもいいって話にはなってるんだけど…。ま、そろそろ書いとかないとやばいかなーと思って」
「そうだね。原稿は書けるときに書いといたほうがいいと思うよ」
桜がしみじみと言った。
「桜の場合、違う原稿のこと言ってるんじゃないの?」
窓の外を見ながら、翠がはあっと大きくため息をついた。
「もうすぐクリスマス…」
「なーにたそがれてんのよ。あんたには関係ないじゃない」
「あーら、失礼な。わたくし、クリスマスは愛する博斗先生と御一緒させていただこうかと思っておりますから」
「む!」
遥の背後にめらめらと炎が噴き上がった。
「させない」
「クリスマスというのは本来そういう日ではないという気が…」
「この際、由来なんてどうでもいいのよ! あたしと翠とどっちが勝つかのプライドの問題なんだから!」
「は、はあ…」
「当の博斗せんせは知らぬ存ぜぬか。ま、たぶん、博斗せんせは、誰も選ばないと思うけどね。博斗せんせは、そういう人だと思うよ」
燕がゴミ箱にぽいっとパンの袋を投げ込んだ。
そして、しばらく口をもぐもぐとさせていたが、ごくんと飲み込んで、やっと息をついた。
そして、ほわんと天井を見上げてこう言った。
「ことしもサンタさんくるかなーっ?」
「え?」
遥と翠はぴたりと動きを止め、かさかさと燕に擦り寄った。
「サンタさんが来るって?」
燕はにこにこしている。
「あのね、クリスマスになるとね、つばめのおうちにね、サンタさんがくるんだよ」
「ままま、まさか、燕さん…まだサンタクロースを信じていらっしゃるとか言いませんですわよね?」
翠が恐る恐る聞いた。
「なに言ってるの、みどり。サンタさんはいるんだよ」
「ぎょぎょっ!」
遥が、燕の肩を抱くようにしてささやいた。
「燕~、サンタさんなんてほんとはいないのよ?」
「またまた」
燕は悪びれない。
「だって、いっつもつばめにプレゼントくれるんだよ」
「燕さん。サンタクロースは架空の人なのですわ。フィクション、お話、ほんとうはいないってことですわ」
「あーっはははははっ。いっひひひひひ」
我慢しきれなくなった桜が、身をよじって大笑いしはじめた。
「はは、お子ちゃまだとは思ってたけど、まっさかサンタクロースをこの年になってまだ信じてるなんて、ひゃはははははっ」
桜は、眼鏡をはずして目を抑えると、どんどんと机を叩いた。よほどツボにはまったらしい。
「ち、ちょっと、桜さん…いくらなんでも笑い過ぎでは…」
燕は、立ち上がり、机の端を握り締めて頭から湯気を昇らせた。
「なーにさ、みんなして! サンタさんはほんとにいるんだってば!」
「サンタさんなんていないよ、あっはっはっ。教えてやってよ、遥、翠。ひっひっひっ」
「だからあ、プレゼントをくれてるのは燕のお母さんとかお父さんなのよ」
遥はなんとか言い聞かせようとしたが、燕に物凄い形相で睨まれてたじろいだ。
「は、遥さん…なんだか、机が揺れていませんですかしら…。とってもやばそうな雰囲気が…」
遥の前を、しゅっとなにかがかすめて通り過ぎた。アンパンだ。
「う~~~~~~~~~~!」
燕は、そこらにあるものを手当たり次第に投げ始めていた。
「桜、あんたが馬鹿笑いするからいけないんじゃない! なんとかして!」
「はんぼばびへっべひっはっへ!」
燕はさながら小さな台風のようで、もはや手のつけようがない状態になっていた。
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