博斗がいつものように生徒会室に行こうと廊下を歩いていると、端っこのほうを歩いている稲穂に追いついた。


博斗がひょっこりと横に並ぶと、稲穂はちらりと博斗に目を向け、すぐに視線をそらし、静かに歩いた。


「ずいぶん久しぶりに見たな、稲穂君。二週間ぐらいか?」

「え、ええ」


「どうした? まだ風邪が治ってないのか? 修学旅行も来られなかったって、遥君から聞いたけど…そんなにひどかったのか」


「もう大丈夫ですから」

稲穂はすたすたと歩き続ける。


二人の向かっている場所はどうやら同じらしく、稲穂はちょこちょこと、博斗はずかずかと歩き、生徒会室の前までやってきた。


博斗は人差し指を立てて稲穂に言った。

「ちょっと、どうして私の後をつけてくるのよ?」

博斗はごほんと咳払いをした。

「…と、普通なら稲穂君がそうやって言うものだ」


稲穂はなんともよくわからない微妙な表情をした。笑っているような泣いているような馬鹿にしているような…。

「先生って、変わってますね」


「なんだ、今ごろ気付いたのか?」

「変わっていますが、面白い人です。とても興味深い…」


「あら、仲がよろしいんですね」

二人の横から声がした。


「ぎょっ! ひかりさん!」

「お邪魔したかしら?」

「とんでもない!」

博斗はきっぱり否定したが、意外なことに稲穂は否定しなかった。ただ、静かな眼でひかりを見ている。


「ひかりさんも生徒会室に用ですか?」

博斗は尋ねた。


「ええ、まあ」

ひかりは曖昧な笑いを浮かべた。


「桜さんに借りていた本を返そうと思いまして」

「本?」


「たいしたものじゃありませんよ。ねえ、稲穂さん?」

ひかりはなぜか稲穂に声をかけたが、それだけでさらりとその話題を流し、話の矛先を変えた。

「稲穂さん、具合はどう?」

「いまはとてもいいです。すべてのことにしばらく距離をおいて、静かに考えることが出来ますから」

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