ひかりは博斗の先に立ち、石畳から外れて草地を歩き始めた。

博斗は、その早い歩みにおいていかれないよう、あわてて後を追った。


ひかりは何かを探して辺りを見回していたが、不意に一本の木に近づいたかと思うと、その背後の地面に落ちている岩にとりついた。

ひかりが、岩の表面を撫ぜるようにすると、カチリと何かの外れる音が確かにした。


ひかりは身を翻し、木立の奥まで進んだ。

博斗があたふたと後を追うと、木立のなかの、半径五メートルほどの狭い広場に、忽然と巨岩が立っていた。高さ三メートルぐらいの、やや先細りの円柱型の巨岩だ。


岩を前にすると、博斗の耳に、笛の音のような極めて甲高いかすかな音が聞こえるような気がした。


「これは…」

博斗は尋ねようとしたが、ひかりは、博斗を無視して岩に右手を添えた。


ひかりが岩の表面に触れると、岩は物音一つ立てずに、地面からゆっくりと抜け、静かに宙に浮いた。

地面に埋まっていた部分は一メートル近いが、そのすべてが地上にあらわになった。

この大きさでは、いったい何トンぐらいあるのだろうか。

二トン? 三トン? いや、もっとなのか?


「博斗さん。大丈夫ですよ。この岩は、私以外の力によって空中にとどまっているのですから」

「…?」


「しかるべき手順で封を解除すれば力が戻るようにしてあったのです。ですから、いまこの岩を支えているのは、言うなれば、一万年前の力ということになりますね」


「はあ…」

博斗は、ぱこんと口を開けたままだった。

「驚くなってのは、これのことですか?」


「いいえ」

ひかりは、にこりともせずに否定した。

「このぐらいのことは、もう、慣れていらしゃるでしょう?」


「まあ、慣れても、あんまり気持ちのいいものじゃないとはいえ、いちおう」


ひかりは、ふふと口だけで笑うと、巨岩の真下にぽっかりと出来た穴を指差した。


「この岩が、蓋の役割をしていたのです。さあ、通路に行きましょう」

言うなりひかりは、漆黒の穴へと身を躍らせた。

「博斗さん、大丈夫ですよ。早くいらしてください」


「ええい、ままよ!」

博斗は目を閉じ、両足を揃えてぴょんと穴に飛んだ。

永遠とも思える暗黒の一秒間が過ぎ、あっけなく博斗の足は地面についた。


「博斗さん? 大丈夫ですね。先に行きましょうか。明かりをつけてください。グラムドリングを使ってください」

「ああ、なるほど。そういう使い道もあるんか」


博斗は、ポケットを探ってグラムドリングを取り出すと、小さな刃をイメージした。

ぽっと、十センチほどの白い輝きが生まれ、辺りを照らし出した。

岩肌がむき出しの狭い通路が、神殿の方向に向かって下りながら進んでいる。


「では、行きましょう」

ひかりは、博斗にはなにも言わず、通路を下り始めた。


博斗は、グラムドリングを突き出すようにして後を追った。

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