3
オシリスは顔を上げた。
「そうです。分のよい賭けです。勝てば、私たちの勝利は一気に近づきます。負けたとしても、いまより戦況が悪化することはありません」
「どういうことだね?」
師は、諭すように尋ねた。
「私自身が、単身、イシスの塔に侵入します」
師は目をむいてオシリスを見た。そして激しく叱咤した。
「いかん!」
「なぜです!」
オシリスは両手を広げた。
「私にも力はあります。一対一なら、並みの戦闘員などどうということはありません。剣もあります。そして、なにより、私はいままで先生に、前線に出ないように言われてきていたために、マヌ達にまったく注目されていません。彼らも、まさか単身、密かに塔に乗り込むものがいようとは予測もしていないはず。私は、イシスの塔に侵入し、イシスの塔の施設を破壊します。その打撃は、決して小さなものにはならないはずです」
「不可能だ!」
「イシスの塔への侵入は決して不可能ではありません。私はアカデミーにいた頃、一度だけイシスの塔に入ったことがあります。あれは、研究所です。シータやピラコチャの塔のような砦ではありません。侵入する手はあります」
「それは推測に過ぎないだろう」
「しかし、可能性の高い推測です。他に、この状態から戦局を逆転させるための方策はないんです!」
「駄目だ!」
師は頑として聞き入れなかった。
「君が死んではすべてが無駄になるのだよ、オシリス。君は、来たるべき総帥との戦いのために、決して死んではならないのだ。他の誰もが、たとえわしやあの娘達が死んだとしても、君だけは死んではならんのだ」
オシリスは激しく首を横に振った。
「私は、先生を尊敬していますが、しかし、その言い分だけはどうしても受け入れることができません。皆がいなくなって、そして私だけが勝利を収めて、それでいったいどうなるというのでしょうか? 私たちの目的は、マヌを筆頭とした、あの非人間的な支配をやめ、超兵器を捨て、人間として新たに生き始めることです。勝利という目的のために多くの命を見捨てていくのでは、私たちの戦いの意味はなくなってしまうのです」
「近視眼的にものを見過ぎるのは、オシリスの昔からの悪い癖だな。長い歴史の枠組みでとらえれば、結局はここでわしらが勝利を収めることが、多くの生命を救い、価値ある新しい文明を生み出すための道筋になるのだ」
「それは詭弁です」
オシリスは言った。
「お願いです、先生。私は、自分に力があるのに、そして、それを生かすための武器も持っているのに、何もできずにいる、このいまの自分に耐えられないのです!」
「落ち着くんだオシリス。いまわしらに必要なのは、忍耐だ」
「大丈夫です。私は、落ち着いています。これ以上ないぐらいに」
オシリスは言った。
「私には、考えがあるのです。彼らの塔に潜入するためのね」
「駄目だ。なんと言おうと、わしはそんな行動を許さんぞ」
「わかりました。先生にそれだけ言われては、私にはもうどうにもできません」
オシリスは、テーブルの横にかけてあった革袋をつかんだ。
「酒でも飲んで落ち着きます。先生も、一口どうですか?」
オシリスは、自ら一口ふくんで飲み下してから、師に革袋を差し出した。
「うむ」
オシリスが落ち着いて椅子に座ったのを見て、師も心を落ち着かせた。
「そうだな。いただくとするよ」
師は、オシリスと同じように、革袋の酒を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます