オシリスは顔を上げた。

「そうです。分のよい賭けです。勝てば、私たちの勝利は一気に近づきます。負けたとしても、いまより戦況が悪化することはありません」


「どういうことだね?」

師は、諭すように尋ねた。

「私自身が、単身、イシスの塔に侵入します」


師は目をむいてオシリスを見た。そして激しく叱咤した。

「いかん!」

「なぜです!」

オシリスは両手を広げた。


「私にも力はあります。一対一なら、並みの戦闘員などどうということはありません。剣もあります。そして、なにより、私はいままで先生に、前線に出ないように言われてきていたために、マヌ達にまったく注目されていません。彼らも、まさか単身、密かに塔に乗り込むものがいようとは予測もしていないはず。私は、イシスの塔に侵入し、イシスの塔の施設を破壊します。その打撃は、決して小さなものにはならないはずです」


「不可能だ!」

「イシスの塔への侵入は決して不可能ではありません。私はアカデミーにいた頃、一度だけイシスの塔に入ったことがあります。あれは、研究所です。シータやピラコチャの塔のような砦ではありません。侵入する手はあります」


「それは推測に過ぎないだろう」

「しかし、可能性の高い推測です。他に、この状態から戦局を逆転させるための方策はないんです!」


「駄目だ!」

師は頑として聞き入れなかった。

「君が死んではすべてが無駄になるのだよ、オシリス。君は、来たるべき総帥との戦いのために、決して死んではならないのだ。他の誰もが、たとえわしやあの娘達が死んだとしても、君だけは死んではならんのだ」


オシリスは激しく首を横に振った。

「私は、先生を尊敬していますが、しかし、その言い分だけはどうしても受け入れることができません。皆がいなくなって、そして私だけが勝利を収めて、それでいったいどうなるというのでしょうか? 私たちの目的は、マヌを筆頭とした、あの非人間的な支配をやめ、超兵器を捨て、人間として新たに生き始めることです。勝利という目的のために多くの命を見捨てていくのでは、私たちの戦いの意味はなくなってしまうのです」


「近視眼的にものを見過ぎるのは、オシリスの昔からの悪い癖だな。長い歴史の枠組みでとらえれば、結局はここでわしらが勝利を収めることが、多くの生命を救い、価値ある新しい文明を生み出すための道筋になるのだ」


「それは詭弁です」

オシリスは言った。

「お願いです、先生。私は、自分に力があるのに、そして、それを生かすための武器も持っているのに、何もできずにいる、このいまの自分に耐えられないのです!」


「落ち着くんだオシリス。いまわしらに必要なのは、忍耐だ」

「大丈夫です。私は、落ち着いています。これ以上ないぐらいに」


オシリスは言った。

「私には、考えがあるのです。彼らの塔に潜入するためのね」


「駄目だ。なんと言おうと、わしはそんな行動を許さんぞ」

「わかりました。先生にそれだけ言われては、私にはもうどうにもできません」


オシリスは、テーブルの横にかけてあった革袋をつかんだ。

「酒でも飲んで落ち着きます。先生も、一口どうですか?」

オシリスは、自ら一口ふくんで飲み下してから、師に革袋を差し出した。


「うむ」

オシリスが落ち着いて椅子に座ったのを見て、師も心を落ち着かせた。

「そうだな。いただくとするよ」


師は、オシリスと同じように、革袋の酒を飲んだ。

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