13
博斗は、残されたチャンスを無駄にするつもりはなかった。なんだか目の前がチカチカするが、両手と両足を使って、ピラコチャとサナギムーに向かって全力疾走した。
「これが狙いか。まあ、好きにしろ」
ピラコチャは意外にも、興味がないといった顔つきで博斗がサナギムーに接近するに任せた。
博斗は、がばっとサナギムーに取り付いた。薄茶色の、なんとなくカサカサザラザラとした肌触り。
まさしくこれはサナギだ。いったいどんな成虫になるか知らないが、サナギのうちに何とかするに限る。
博斗は、サナギムーを床から引き剥がそうとした。
が。
びくともしない。
博斗は両足を踏ん張り、全体重をかけてサナギムーを引いたが、やはり剥がれない。
これでは、サナギムーを奪って逃げるどころの話ではなく…。
博斗は首根っこをピラコチャにつかまれ、サナギムーから離された。
「離せ、この野郎!」
「ぐっへへへ。サナギムーは人間ごときの力じゃ剥がせないぜ。さあ、お前はどうしてやるかな」
博斗は自分の非力さを痛感した。スクールファイブや、ひかりなしには、みずから動けないサナギムーにさえなにも出来ない。
理事長は、確かに正論を言っているのだ。いくら頑固に頑張ろうとしても、かなわないこともある。
「せっかくだからなあ、お前にも、サナギムーの羽化の瞬間を見せてやろう」
ピラコチャは、博斗を時計塔から外に突き出し、ぐるりとまわして自分とサナギムーの正面を向くようにした。
四方八方から風が吹きつけ、博斗はぶるっと身震いした。
いや、身震いしたのは、遠く真下に地面が待っているからかもしれない。
いま、博斗の命は、ピラコチャの手によって空中につなぎとめられているだけなのだ。
「見ろ。夜が明けるぜ。これから、楽しい破壊ショーの始まりだ」
「くそ、ふざけるな、なにが破壊だ! 壊すのは簡単でも創るのは難しいんだぞ! そのへん、お前らほんとにわかってんのか!」
「うるせぇっ! つくるなんてのは俺の知ったことじゃねえ。俺は、ただ、壊せればそれでいいんだよ」
ピラコチャは歯をむき出して笑った。
博斗の頬に、かすかな光が射した。
曙光だ。夜が、明け始めているのだ。
博斗は地面のほうを見た。ひかりさんはどうしたろう? まだ戦っているのだろうか。
「さあ、夜が明けるぞ。さあ、太陽よ、サナギムーを照らせ!」
一筋の光が時計塔に射しこんだ。
ピラコチャが時計塔を選んだ理由がわかった。高台にある陽光学園の時計塔は、この近隣でもっとも早く朝日が射しこむ場所なのだ。
博斗の見ている目の前で、陽の光を浴びたサナギムーの体に、ぴしぴしとヒビが入った。
サナギムーの茶色の皮が一気に飛び散り、どこからか、声がした。
「ムー力、招来!」
そして、サナギムーがいたはずの場所にはもう誰もおらず、博斗のちょうど真横の空中に、奇妙な怪人が浮いていた。黄色と水色の二色で塗り分けられた稲妻型の胴体。
「変態怪人、イナズマムー!」
イナズマムーは手を頭上に振り上げた。
その指先から青白い電光が放たれ、中庭の木の一本を黒焦げにし、真ん中からへし折った。
「ようし、上々の出来栄えだ、イナズマムー」
ピラコチャは豪快に笑うと、いまだに指で釣り下げている博斗を示した。
「ところで、この人間の始末はどうつけるべきだと思う?」
「処分する!」
イナズマムーは間髪入れずに答えた。
「あーあー、生まれたばっかりだってのに生命のありがたみとか感じないのか、お前は!」
博斗はこれで最後と減らず口を叩いた。
「地上人が、生きる必要はない」
ピラコチャは言うと、博斗の服からぱっと手を放した。
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