12
時計塔は、校舎で言えば四階ほどにあたる高さまでにゅっと突き出しているコンクリートの塔だ。
中はジグザグの階段が頂上まで続いており、時計の裏側に当たる場所には、高さ一メートルほどの窮屈な小部屋がある…と博斗は守衛のじーちゃんから聞かされたことがある。
時計塔へ入る入り口のドアには、ほんらい南京錠がかけられているはずなのだが、ピラコチャがすでに通った後らしく、ドア自体の真ん中にぽっかりとひしゃげた穴が空いていた。
博斗はドアをくぐり、真っ暗な階段に足を踏み出した。
もちろんその辺の壁に蛍光灯のスイッチがあるはずなのだが、蛍光灯をつければ、ピラコチャに、追跡者がいることを知らせてしまうことになる。
不格好だが、腰をかがめて、手で次の段を探りながら、ほとんど四つんばいのような格好で階段を上がっていった。
上のほうからかすかに音がする。ピラコチャが階段を上がっているのだろう。
だいたい、これで三階分ほどは上がっただろうと思うころ、頭上から派手な物音が響いた。
ピラコチャだ。
おそらく、壁か扉か、とにかく邪魔になるものを壊しているのだ。
そして、ピラコチャの声が聞こえてきた。
「さあ、サナギムー、ここで夜明けを待つがいい! 夜明けまでは、あとわずかだ!」
ということは、すでにサナギムーはピラコチャの手を離れたということだ。
もし、うまくピラコチャの隙をみてサナギムーを奪って、この階段まで戻ってこれれば、逃げ切る自信はある。
ピラコチャの図体では、この階段を博斗より素早く降りることは出来ないはずだ。
頂上に出る前に、こっち側にある蛍光灯のスイッチを入れて足元を照らしておけば、全力で階段を降りることが出来る。
博斗は、緊張を殺すために舌なめずりをして、ゆっくりと慎重に階段を上った。
足にカンと何かが当たり、ひやりとさせた。
鉄屑だ。
博斗の真上には、もともと小部屋に続くものだった鉄のスライド蓋があったのだが、それが、スライドせずに、そのまま真ん中から穴を空けられている。そのときに飛び散ったものだろう。
博斗は、その穴からひょいと顔を出した。
閉鎖された階段の闇に比べると、小部屋のほうがやや明るい。
辺りを見回した博斗は、その理由がわかった。
東向きの壁がそっくり取り外されている。そして、東に面した床に、茶色いサナギムーの塊と、どっかと座りこんだピラコチャがいる。
小部屋は、十メートル四方というところ。だいたい普通の教室と同じぐらいの広さだろう。
これは、千載一遇のチャンスかもしれない。あんなボテボテの体が、座っている状態から身を起こすまで、ほいさっと出来るとはちょっと考えにくい。
自分を鼓舞した博斗は、思い切って、小部屋の床に手をかけると、ぐっとよじのぼり、小部屋に飛び出した。
途端に博斗はガンと頭を天井にぶつけた。迂闊にも博斗は、小部屋には高さがないことを忘れていた。
博斗の頭と天井が挨拶した鈍い物音は、しっかりとピラコチャの耳に届いた。
「なんだぁ? …人間か」
ピラコチャは面倒くさそうに振り返り、博斗の姿を認めると、そう言った。
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