8
遥、翠、由布の三人は、連れ立って各クラスを見回り、企画準備の様子をチェックしていた。
廊下には、軽快なBGMが流れている。
放送部が―つまり桜が―全校に有線放送のネットワークを敷いているため、各クラスは、自分のクラスにあったチャンネルを自由に選んで企画の役に立てることが出来る。
廊下に流れるBGMは遥達が選んで、あたりさわりのないジャパニーズポップスにしてある。
「どうしてわたくしのクラス企画と遥さんのクラス企画が隣あわせなのですかしらね」
翠がぶつぶつと文句を言う。
「嫌なのはこっちよ。どうして喫茶店の隣にお化け屋敷があるのよ。イメージダウンだわ、営業妨害だわ」
「喫茶店! ほほ。ずいぶんとまたつまらない企画ですわね」
「お化け屋敷だってつまんないわよ。それにね、うちは普通の喫茶店とはわけが違うのよ」
遥は2-3の教室のドアを開いた。
「あら」
翠は息を呑んだ。
「すごいですね…」
由布はもっと素直に気持ちを表した。
遥は、ふふ~んと鼻を鳴らして、誇らしげに言った。
「喫茶サファリよ」
教室の中は、まるで屋外のように作られたセットで出来ていた。
床には茶色と緑色のシートが敷かれ、天井はきれいなスカイブルーの布で隠されている。
窓には、植物をあしらった緑色のカーテンがかけられ、壁にもビニールで出来た蔦が縦横に巡らされている。
部屋の中心近くには一本、大きな柱が立てられ、大樹に見えるように彩色されている。
その柱からは、桜に注文して特別につくってもらった専用のBGMとナレーションが響いている。
「平和とは、動物達が安心して野山を駆け巡られる環境のことである…」
「どーお? ただの喫茶店じゃないのよ。野生の雰囲気よ」
遥はえへんと胸を張った。
「よくこれだけ装飾しましたね。これだけでもけっこうなものだと思いますよ」
由布は部屋を見渡して、笑顔を浮かべた。
「ふふ。テーブルも椅子もすべて木製のハンドメイド。それにね、ほら、そこ」
遥が指差したところには、ライオンがいた。
「ぎょっ!」
翠は一瞬たじろいだが、すぐに気を持ち直した。
「なんだ、ハクセイですわね? ずいぶんよくできていますけれど…」
ライオンがもっそりと動いた。
「ぎぃえ~~~~~~っ!」
翠は絶叫して卒倒した。
「あははは。脅かしすぎちゃったかな」
遥はぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
「どういうことですか?」
由布は、恐れずライオンに近づいた。すると、ライオンがむっくりと起き上がった。
そして、ライオンの皮を上に押し上げて、中からジャージ姿の生徒がひょっこり顔を出す。
「どーしたの、遥? 見回り?」
生徒はうっすらと汗を浮かべている。
「そ。どう、ぼちぼち?」
「うん。けっこう評判いいよ。でも、これ、暑くて暑くて。わたしあと三十分もこれかぶってんの。もう汗だらだら」
「あははは。頑張ってよ」
「これは…よくできた着ぐるみですよね」
「そりゃそうよ。桜に頼んで作ってもらったんだから」
「…なるほど」
由布は苦笑した。
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