「ねえ、遥?」

「なに?」

「…やっぱなんでもない」

桜は舌を出した。


「なにそれ。すっきりしないのね。話してよ」

遥は口を尖らせた。


「…」

桜は視線を宙に漂わせた。そして、渋々口を開いた。

「博斗せんせってさあ、変だよね」

「そうかなあ? あたしは好きだけど」


「ぜったい変だよ、あの人。エッチいし、ギャグはオヤヂっぽいし、クサイ台詞でもまじめな顔で喋るし、ぜんぜん変だよ」

「変…かなあ。それが魅力なんじゃないのかな?」


「ただ恥知らずなだけだよ」

「それは、そうかもね。確かに、博斗先生ってすごくカッコ悪いわ。ルックスいいのに、なーんか、間抜けなのよね」

「ばか正直なんだよ、あの人は。なんにも得にならないのに、なにやるのもがむしゃらでさ、すごくカッコ悪いよ」


「あたしは、そういうの好きだけどな。自分を飾ってないって事じゃない? いつでもありのままの自分で、いろんな事にぶつかってくの、素敵だと思う。あたしがもってないものを博斗先生はもってるの。だから、あたしは心から尊敬してるけどな」


「尊敬? どこがいいのさ、あんな人の。ぜんぜん駄目だってば。あの人、なんか浮気ものっぽいし」


「あ、それは言えてるかも。…でもね、たぶん博斗先生は、あっちこっち色目は使うけど、もし一人の人をほんとに愛するって決めたら、それからは絶対その人を裏切らないタイプだと思うな。だって、くそがつくぐらい真面目だもん」

「くそ真面目…。そうだね。あの人って、ほんと、くそ真面目だね。なんで、あんななのかなあ。ぜんぜんカッコよくないのに。ほんと、変だよ」


「ねえ、桜? さっきからどしたの? 博斗先生のことばっかり。誉めてるのか、けなしてるのかよくわかんないけど」

「ば、ばっかにしてるに決まってるじゃない。あの人はたぶん、今世紀最後の大馬鹿者だよ」


「そーお? それにしちゃあ、桜だってけっこう博斗先生にちょっかい出してる気がするんだけどなあ」

「そ、それは、からかうと面白いからだよ」


「ふーん…」

遥は顔を近づけて桜の眼鏡を覗きこんだ。

「そんなら、ライバル一人減ったってことね」

「へ?」


「あたしは、博斗先生のこと好きだもんっ。望さん…お姉ちゃんに言われて考えたけど、うん、いいのよ。尊敬とか憧れが恋に変わることだってあるんだから」


「あ、そう。そ、それは、うん、いいんじゃない? 僕は、別に、博斗せんせは、おもちゃだと思ってるから…」

桜は慌ててべらべらと喋ると、うつむいて口をつぐんだ。


変だなあ。なんだろう、どうしたんだろう、僕はいったい。

なんで、博斗せんせのことなんか考えたのかなあ。

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