2
にこにこ銀座を抜け、陽光学園へ向かう坂道まで急ぎ足で来た桜は、巨大な鞄を肩にかけている遥に追いついた。
「おはよう、遥」
遥は、桜の背負っている鞄に目をとめた。
「桜、なんでそんなに荷物小さいの? 今日から泊まり込みなの忘れてないよね?」
「もちろん」
桜は背中の鞄をぽんと叩いた。
「荷物は圧縮済み。まあ、容積は減っても質量は変わってないから、重さはけっこうあるけどね」
「圧縮って?」
「物質の分子間の余計なすき間を詰めてしまうんだよ。普通そんなことをすると組成が破壊されてしまうんだけど、僕が開発した新開発のスペクトル帯電式圧縮器を使えば…」
「待った、ストップ!」
遥は桜を制した。
「そこまででいいわ。それ以上言われてもどうせわからないから」
「あ、そう。なんだ、つまんないの」
桜はちぇっと舌打ちした。
「桜はあれよ、その、すぐべらべら喋りたがるのをなくせば、もっといいのに」
「僕だって、好きで口うるさいわけじゃないんだけどね。物事いろいろとばかばかしく思えるときが多いんだよ。なんか冷めちゃってね。ぶつぶつ色々言いたくもなるの」
「ふ~ん。頭がいいってのも悩みなのかしら? でも桜が冷めてるとは思わないな」
「そう?」
「うん。だって、冷めてるんだったらスクールファイブなんかやらないと思うし、生徒会だってやらないんじゃない?」
「それは、どっちも趣味と実益を兼ねてるからだよ。純粋に利己的な理由」
「そうかなあ? あたしにはクラスメイトより桜のほうがよっぽど燃えてるような気がする。みんな、あたしがハッパかけないと全然盛り上がってくれないもの」
「ハッパかけて盛り上がるんだから、それで充分さ」
「そうかなあ。なんか、もう少しぐぐっと来るものがないのよね」
遥は頬に指をあてて考えた。
「陽光生だって陽光祭とか体育祭のときは盛り上がるんだから、それでいいじゃない」
「それはそうなんだけど、なんていうのかな…」
「確かにみんな、ある意味じゃ冷めてるよ。人生とか、社会とか、そういうのはどうでもいいんだ。もう、ほっといても勝手にすすんでいくから。でも、自分のほんとうに身近なことになれば、みんな必死でしょ?」
「う~ん」
「ま、そういうことだよ、遥。冷めてるのは僕ぐらいさ」
「それはおかしいと思う」
遥は鼻を鳴らした。
「桜は絶対冷めてないってば。だって、あたしが見てる桜って、メカとかいじっててすっごく楽しそうだもん」
「楽しいよ。楽しいけど、それ以上なにかあるかっていったら、別になにもない。そういう、なんとなく漠然としたやりがいのなさがあるんだよ」
「そんなことない。桜のメカは役に立ってるじゃない。強化服だって桜がメンテナンスしてくれないと駄目だし、いろんな武器も作ってくれるし…。スクールフラッグだってつくったじゃない」
「うん、そりゃわかってる」
桜は、なんとなく歯切れの悪い返事をした。
まったく遥の言う通りじゃないか。冷めてる冷めてるといって、実はいまの学園生活をかなり楽しんでいるじゃないか。
自分でいま遥に言った通り、冷めてるけどそれなりに盛り上がって楽しんでいる。
でも、なんだろう。なんか、物足りない。なにか、寂しい。
そう思って考えをたぐった桜の脳裏に、突然、人の顔が浮かんだ。
「…?????」
「どしたの、桜?」
遥が、ぼーっと立ち止まった桜を見て首を傾げた。
桜は首をぶるぶると振った。
「な、なんでもないよ、なんでもない」
「へんなの」
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