第二十四話「打つな、サクラ!」建設怪人クギムー登場
第二十四話「打つな、サクラ!」 1
いつものように玄関をでようとした桜は、おばに呼び止められた。
「今日から泊まり込みだったかしら?」
「うん。明後日まで帰ってこないから」
桜は念を押した。
「寂しがらないでね」
「あらあら。寂しいのは桜さんのほうじゃありませんか?」
「そ、そんなことないよ!」
桜はぷんぷんと言い返すと、デイパックを背負った。
「荷物は? そんなに少なくて足りるんですか?」
「小さくしてあるだけだよ。じゃあね、バイバイ!」
桜はおばに手を振ると、玄関を出た。
たいして長くもない足をせかせかと動かして、桜は陽鉄の駅へ急いだ。
電車に乗っても、特になにかを考えるというでもなく、ただ立ちながらうつらうつらとしていた。
なにしろ今日も布団に入って眠っていない。
さすがに29クラブを掛け持ちするのは無理があったらしい。
なんとかすべて発表できるところまではこぎつけたが、まあ、そこに至るまでの道のりは長く険しかった。
桜は意識朦朧と立っていたが、電車が駅に止まるたびに、ガクッと膝が折れてバランスを崩す。
はっと眼を覚まして、ずりさがった眼鏡を整えて、まわりのだれかに気付かれて笑われたりでもしていないかと盗み見する、そんな様子で電車に揺られていた。
電車の揺れというのは、揺り椅子と同じで、人間に適度な快楽を与え、眠りやすくするのだという。
だから人間は、まわりがどんなに騒々しくても、電車のなかで心地好い眠りに落ちることができる。
桜もまったく例外ではない。というより、桜はここで睡眠時間を稼いでおいて夜に備えるというライフスタイルを、このところ意図的に構築しているのだ。
そんな生活が健康と美容にいいわけはないというのは重々承知だが、桜は、いまさら自分が女の子らしく可愛くなろうとかきれいになろうとか考えても、そういう柄ではないと自分を卑下してさっさとあきらめてしまう。
素直じゃないと思う。
もちろん桜だって、いっぱしの女子高生並みの羞恥心もロマンチシズムももってはいるのだが、どうも駄目だ。
なにか幻想を抱くより前に、小さいときから鍛えられた鋭敏な分析心が、その幻想を理論分解して合理化した説明を提供して、自ら興ざめしてしまう。
たとえば、遥は可愛いし、快活で、自然に遥のそばにいたくなる雰囲気をもっている。同性からみても間違いなく魅力的だ。
翠はちょっと意地っ張りだが、自分の美しさや生まれに誇りをもって生きているし、誰も太刀打ちできない抜群のプロポーションの持ち主だ。
由布はなにか普通ではない過去を背負っていると思わせる陰がある。その陰が、由布を年齢以上に大人びて見せ、美しさを引き出している。
燕はとにかく純真で、単純で、馬鹿で、可愛い。スれたところもないし、こびたところもない。妹みたいだ。
比べて桜はどうだろうか。背は低いし、胸はないし、手足は針金みたいだし、口は悪いし、皮肉屋で、この数日は髪の手入れもロクにしていない。人の心を伝えるのにいちばん重要な要素である瞳すら、超強度の眼鏡レンズの裏に隠れている。
こんなでは、なんとかして自分を女らしく見せようとか、そんな努力も馬鹿ばかしくてやってられず、桜はただぶっきらぼうに毎日を過ごし、自分の趣味に人生をかけている。そう自分に納得させている。
そうするうちに、電車は陽光中央駅に着き、桜はぼうっとしながら、人の流れに任せて駅を出た。
桜は、おのおのの方向に歩いていく人たちをみて、毎朝抱く想いを今日も抱いた。
この人たちは何をしているんだろう。毎朝毎日、同じように歩いて、電車に乗って、どこかにいって。
同じ疑問は桜自身にもあてはまる。毎朝毎日、同じように学校に通って、それで、何をしているんだろう。
僕の才能は、もっと生かされるべき場所があるのではないか。こうして、なんでもない高校生活をしていていいのか…。
桜は苦笑した。
なんでもないってことはないか。充分すぎるぐらい異常だね。
世界の平和を守るために、日夜スクールファイブとして戦っています、なんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます