12

ブラックの刀がチャリンと音を立てて震えた。それはそのまま、ブラックの心の震えを示していた。


「知っているぞ。お前達がこの海の調査をしていることは。この海がいかに汚れているかよくわかっているはずだ。…まるで、お前自身のようにな」


博斗は首をひねった。シータは、なぜ由布のクラスが陽光港の調査をしていることを知っているんだ? 博斗達と同じように、街中を監視しているのか?


「父殺しのお前は穢れている。この海のように。穢れた身のまま生きるのか? 海へ来るがいい。海はすべての母だ。あらゆる穢れを祓い、浄化する。…お前のような者こそ、海へ還るがいい。そして、すべての穢れからあらわれるがいい」


シータは摺り足で間合いをつめてきた。

ブラックは集中を失い、よろよろと後ずさりして、博斗のそばまで戻ってきた。


博斗は拳をきつく握り、ぶるぶると震わせた。心底から憤りをおぼえた。


文明が正しいか、正しくないか。そんなことは、いまはどうでもいい。博斗は、シータのとったこの戦い方が許せない。

ブラックの―いや、由布の心の傷をつかんで、揺さ振るようなことは、許せない。


ついに、この間から澱のように鬱積していた博斗の感情が爆発した。

博斗は衝動的にブラックの体を抱き寄せ、きつく抱きしめた。


ブラックは、博斗のこの予期せぬ行動にやや身を堅くしたが、その抱擁が痛みではなく安堵を与えてくれるものだと気付き、力を抜いて博斗に身を委ねた。


「シータ! お前は間違ってる!」

博斗は左腕でブラックを強く抱き寄せたまま、右手でシータを指差した。


「たとえどんなに穢れていようが、文明として間違った道を歩んでいようが、俺達は生きてる。悩んで、笑って、傷ついて、悲しんで、楽しんで、色々とあって、それでも生きてるんだ。お前に、俺や彼女たちの喜びや悲しみがわかるか? お前みたいな冷酷な奴に、わかってたまるか! 海がなんだ! 穢れがなんだ! そんなもん、くそくらえだ!」


博斗は拳を握った。

「穢れてたってなんだって、いいじゃないか! 昔っからな、美しさとか清らかさとか、そういうハレの価値ってのは、穢れがあるからはじめてわかるもんなんだ。人間は、いつでもそうだ。穢れと表裏一体でハレになる。はじめからハレだけなんてない。汚いことも、きれいなことも、全部ひっくるめてあるから、だから人間なんだよ。氷みたいなお前にはわからないだろうけどな」


シータは剣を震わせて、博斗の言葉に衝撃を受けていた。

なんだ、この男は?


いったい誰だ、この男は?

いったい、なんなんだ? なぜこの男の言葉は、私の心に響くのだ?


「お前にわかるか? なんで俺が戦ってるのか、お前のような奴にわかるか! 世界とか文明とか、そんなのはどうでもいいんだ! 俺は、もっと身近な何かを守りたいから戦うんだ! 俺が、何を守りたいか、お前にはわからないだろう! なぜなら、お前はそれを持っていないからだ!」


博斗は、自分の胸を叩いた。

「…俺が守りたいのは、ハートだ」


シータは、愕然とした。

まさか、瀬谷博斗からこのような反撃を受けるとは考えてもいなかった。


そして、この反撃は、博斗とシータの立場を入れ替え、逆にシータを困惑させた。


なぜだ。

なぜ瀬谷博斗は戦っているのだ?


その問いは裏返してシータに翻ってきた。

なぜ私は戦っているのだ?

地球を守るため? ムーの文明を復権させるため?


ハート? 心? 心とはなんだ? 我々にとって、心とは、優れた道具だ。

それ以外、何があるのだ?


シータは動揺した。

その動揺を悟られないように、努めて冷静な声を出した。


「…お前の説得は難しいようだ。それならば、自分の信念とともに滅びるがいい」

シータは、動揺のあまり、クラゲムーに指示を与えることも忘れ、ただ急ぎ、姿を消した。

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