暁の頬に平手が飛んだ。


「山口! あれほど言っておいたはずだ! なぜ翠から目を離した!」


暁は、ただ頭を下げ、目の前の男に頭を下げた。

「すべては、山口の監督不行き届きであります。いかなる御処分にも応じる覚悟」


「…お前のこれまでのはたらきには感謝している。我々に代わって翠の親代わりとして、たいへんよくあれをしつけている。したがって、首を切ろうとは思わんが…来月は給与を下げる。よいな?」


「寛大なご処置」

暁はさらに深く頭を下げた。


「くれぐれも、翠には虫がつかぬようにな。あれは、我々の希望なのだから」

「はい…よく存じております」


翠は、柱の陰に隠れて、飛び出したい衝動をじっとこらえていた。

違うの、パパ! 違うの。…暁は悪くないの。翠が暁にお願いして、外に出してもらったの。


名前も知らない、泥まみれのあの子に会いたかったから。

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