12

目を覚ました博斗の視界に飛び込んできたのは、玉次郎とあずさの顔だった。


首をひねって見回すと、ここは、たばこ屋の奥の部屋らしい。

「…い、いてててて」

「先生…? 大丈夫ですか?」

稲穂が博斗の顔を覗きこんだ。


カーテンをくぐって、おばちゃんが姿を現した。

「稲穂ちゃんが、先生がいなくなったのを気にしてね、探しにいってくれたんだよ。それで、ここまで引っ張ってきてくれたんだ。感謝しときなさいな」


「稲穂君が…? すまない。何がどうなってたんだ?」

「大変でしたよ。道路も塀もボロボロで、そこら中にガラスの破片みたいなのが散らばってて…もう、ほんとに、疲れました」

「そりゃ、すまなかった」

言って、博斗は気付いた。

「ん? 他には? 俺の他には、誰かいなかったか?」


「いいえ? 誰も…」

「なんだって…よいせっと」

博斗は再び身を起こした。

「なにがあったんですか、いったい?」


「雷がすぐそばに落ちた」

博斗はとっさに言い逃れた。半分はほんとうだし。

「雷ですか? べつに、そんな音はしませんですことよ…」

「音がしない雷だったんだよっと。…ちょっと、行ってくる」


博斗はひょこひょこと表に出た。稲穂が続く。


いつのまにか夕立は終わり、西の空が紫と赤に染まっている。

「先生、どこに行くんですか?」

稲穂が尋ねた。


「え? あ、いや…忘れ物。学校に忘れ物してさ」

「それなら、私も御一緒しましょうか?」

「え? い、いや、いいよ」

博斗は慌てて手を振った。


「なにか、私が御一緒だと不満でも?」

稲穂は上目遣いに博斗を見た。

「そういうわけじゃないけど…」

博斗は言葉を濁した。


ところが、あっさりと稲穂は引き下がった。

「そうですね。私がいると、いろいろと御困りのことがあるでしょうから。私は、もう少しあの子達とお話してから帰ることにします」


「あ、ああ」

博斗は、やや拍子抜けして突っ立っていた。

もし遥や翠だったら、こんなあっさりと引き下がったりはしなかっただろう。稲穂でよかった。

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