博斗は、保健室をあとにして、校舎を出た。


学校にきたときには真っ青だった空に、いつのまにか厚い黒雲が垂れこめている。

「これは、一雨きそうだ…」


その矢先、博斗の鼻面に、ぽつりと一滴の雫が当たった。

かと思うと、突然、バケツをひっくり返したような勢いで雨が落ちはじめた。

みるみるアスファルトが黒く染まっていく。遠くのほうでは、ゴロゴロと雷が鳴りはじめた。


博斗は頭を抱え、ほうほうのていで駆け出した。

雨宿りできる場所があったのを思い出したのだ。

路地をちょっと入ったところに、古いたばこ屋がある。


博斗はたばこ屋と呼んでいるのだが、実際は、たばこ、お菓子、パン、文房具と、雑貨屋といったほうがいいのかもしれない。

ちょうど、陽光第三小学校がすぐ裏手にあるため、近所の子ども達は、ここで文房具を買い揃えたり、根城にして遊ぶことが多いようである。


博斗も、給料日前の昼メシは、ここで菓子パンを買うことが多い。

というのも、消費税が何%になっても、いまだに3%のときの改定価格を頑固に守り通しているからだ。


博斗は、自分の財布の中身が苦しいためというのもあるのだが、そんな心意気にちょっとだけ共感して、ときどきこの店を覗くのである。


「あれ?」

路地に入ろうとした博斗は、目を凝らした。水煙のなか、ぼうっと突っ立っている人影が見える。陽光学園の制服だ。


博斗はたったっと人影に近づいた。

「おーい、こんな雨のときに、なにしてるんだ?」

「せ、瀬谷先生…」

振り向いた姿は、稲穂であった。耳の下できれいに束ねられた髪が、雨に濡れてうなじに貼りついている。


「なんだ、稲穂君じゃないか。なにしてるんだ? 傘ないのか?」

「ええ」


「とりあえず雨宿りしたほうがいいぞ。いくら夏だからってなあ、そんなぼけっと突っ立ってたら、風邪ひくぜ? 雨宿りできるとこ、知ってるから」


博斗は、まだためらいがちな稲穂の手をひいた。

稲穂の手から、かすかにぴりぴりとした刺激が伝わる。遥達からでさえ、こんな刺激を受けたことはない。


「あ、あの、先生…なにか、びりっとしたんですけど…」

「たぶん雷で帯電したんだろ?」

博斗はいいかげんにごまかし、稲穂の手をひきながら、路地に駆け込んだ。

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