「そうですね…それがわかるまで、人類はそういったことに手を染めるべきではなかったのかもしれません」

ひかりは博斗を見た。

「いまの人類は、いずれムーと同じ過ちを繰り返すのではないでしょうか?」

「ムーと同じ過ち…?」


「ムーは…精神の力を、肉体よりもさらに外部の空間に拡張するための媒介物を編み出しました。意志の力によって、物体の運動をコントロールできるのです。…それが、アンデスの笛であり、タイタンであり、ムーの超技術の数々です。この技術を用いて、ムーは繁栄を極めました。地上に並ぶものはなく、宇宙さえムーの手の届くところとなりました」

ひかりは、視線を床に這わせた。


「しかし、ムーは、こころそれ自体がもつ価値を、忘れてしまった。…こころを、ただの道具として使ってしまった。人間は、こころがあるから人間だというのに…。人間の精神は、道具ではないのですよ。それ自体に価値があるものなのです。…その過ちに、かつてのムーは気がつかなかった。そして、気がついたときにはもう遅かった」


「ひかりさん? 何を言ってるんです?」

「ふふふ。いえ、それはいまも同じでしょうね。ムーだけの話ではないかもしれません」

「俺達も、そうなるかもしれないってことですか?」


「そうですね。…人間は、とても微妙な生き物だと、私は感じます。殴り合うゲームをする人間が、小さなペットの死に涙したり、健康を気にする女性が、煙草を吸ったり…知れば知るほど、人間というのは複雑で矛盾した生き物なのだと思うのです」

「…」


「その複雑さをもたらしているのが、こころのはたらきです。そして、複雑で矛盾しているから、人間というのは、魅力があるのではないですか? 私達は、こころをただの道具として使ってはいけないのでは?」


博斗はふと気になり、ひかりに尋ねた。

「もしかしてスクールファイブのコスチュームも、その、道具なんですか?」


「ええ。…ただし、ムーの指導者達と戦うために、反乱者達がつくりだした物であり、ただの道具ではないのです。単純に、量的な精神力を吸い上げるのではなく、感情、つまり、質的な精神の動きを受け取るようにしています」

「質…」


「つまり、勇気や、愛や、怒り、悲しみ…そういった、人間を人間たらしめている感情があらわれてはじめて、スクールファイブは、その能力を最大に引き出すことが出来るのです」

「それで、ときどきとんでもない力を出したりするんだな、あの子達は」


「ええ。…彼女達が、戦い、傷つき、愛し、経験を積んでいくたびに、スクールファイブもまた、強くなっていくことが出来るんです。スクールファイブが戦うということは、それ自体が、あの子達自身の成長になります。…そして、その行為そのものが、ムーに対する、最大の挑戦になっているのですよ」


「俺にも、力がある…というか、いままでの説明だと、ムーの力ってのは、誰にでもあるものなんじゃないですか?」

「そうですよ。相対的な強さの違いがあるだけです。とくにムー人の血を濃くひいている私達には、力をコントロールする記憶が、どこかに残っているのかもしれませんね」


「最近、俺も、なにか手段がほしいと、思うようになりました」

「手段?」


「…いつも俺は、彼女達に守られているだけで、何もしてやることが出来ない。それは、俺に力がないから仕方のないことだと思ってました。でも、タイタンに触れたときに、手段さえあれば、俺も彼女達の足手まといにならないで戦えるんだなあ、と思って…。俺は、確かに、ただ人を傷付けたりするために力を使いたいとは思いませんが、彼女達を守るためなら、使いたいです」


ひかりは、優しい瞳で博斗を見た。

「怖くは、ないのですか? 戦うことが? 怪人も次第に力を増しています。生死を賭けたものになるのですよ?」


「ははっ。俺が怖いなんて言ったら、彼女達にはもう顔合わせられませんよ。怖いとか、そういうのは、よくわからないんですよね、正直言って。ただ、彼女達と、もし一緒に戦えるんなら、そうしないと後悔しそうな気がして…。だから、もし、俺に見合うような武器があるんなら、そいつで、戦ってみたい」


「まだほとんど壊れたままなのですが…博斗さんに使っていただけるかもしれないものが、理事長室に保管してあります」

「ほ、ほんとですか?」


「ええ。…博斗さん自身が、ご自分の力を自覚なさるまでは教えないようにと、理事長さんに言われていたのですが、もう、私は時がきたと思います。かなり荒っぽく使われたらしくて、いまは正常に使える状態にありませんが…桜さんに頼んで修理してもらいましょう」


「どんなブツなんですか?」

「剣です。ただ、普通の剣と違うのは、刀身が存在しないことです」

「は?」


「刀身は、持ち主の意志の力を反映します」

「なんです、それは?」

「つまり、適度な集中をして、しっかりと念じれば、エネルギー体が吹き出して刀身となるのです。…逆に言えば、コントロールが乱れたり、粗野な気持ちで扱うと、エネルギーが暴発して、持ち手にも被害を与えます。いまはそのコントロール機構が壊れているので、どういう反応をするかわからないんです。それで、修理するまでは使い物にならない、というわけです」


「意志に応じて、刀身が生まれる剣か…。うん、きっと、試してみますよ」

博斗は手を握ったり、開いたり、繰り返し、深くうなずいた。

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