7
博斗は、コースを二往復ほどして、いったん水からあがった。
遥と燕は、今度は競走を始めている。
…もっとも、まともに戦っては遥に勝ち目がないため、燕は手を使わないというハンデを負っているが、それでやっと互角というところだ。
プールの隅っこのほうには、例のあずさお嬢様とその不愉快な仲間達が、せいぜいコーナーから五メートルかそこらという辺りをうろうろしている。
その先は急に水深が増し、足が立たなくなるから行きたくないのだろう。
つまるところ、あのお嬢様も見栄っ張りなだけというわけだ。
素直に子ども用プールで泳げば良さそうなものだと思うが、大人ぶって見せたいのだろうか。
博斗は目を転じた。フェンスを境に、向こう側に子ども用プールが見える。あっちはあっちで、たいした賑わいだ。どこかに、桜達もいると思うのだが。
いたいた。
翠が玉次郎の手をひき、クロールの練習をさせている。
桜はときおりタイミングをみて手を叩いている。息継ぎしろ、ということなのだろう。
「平和だな」
博斗は真っ青な空を見上げた。
「そうですね」
由布が相槌をうった。
「ほんとに、『出る』のか?」
博斗は欠伸をした。
「博斗先生…ムーのことですから、そういう噂をしていると、ほんとうに出ますよ?」
博斗の目は、水面の一点に集中した。
「…そうだな…なんか、すごく嫌な予感がしてきた…」
明らかに、不自然な水の流れが生まれている。
小さな渦状の泡立ち。
二人は固唾をのんで見守った。
渦は、まるで命ある生物のように、その近くを通り過ぎる人間にふらふらと近づいては、離れていく。品定めでもしているようだ。
「キャップ…遥さんと燕さんが!」
遥と燕が、一直線に渦に向かっている。
いや。二人の進行方向に重なるように、渦が移動したのだ。
「由布、桜と翠を呼ぶんだ!」
博斗は由布に叫ぶと、自分はプールに飛び込むべく駆け出した。
駆け出した博斗は、音もなくするすると近づいてきたホースにまったく気がつかなかった。
ホースは博斗の足を絡め取り、物凄い力で博斗の体を地面から引き剥がす。
「うわっ! なんだ、しまった!」
博斗はそのままホースによって空中に吊り上げられた。
同じようにホースが次々とプールサイドの人間達をつかまえはじめ、パンパンと弾けるような音がして、ありとあらゆる蛇口から勢いよく水が噴き出した。
どこからともなく青服の戦闘員が姿を現し、混乱に拍車をかけた。
泳いでいた人間達は右往左往し、勝手な方向に駆け回っている。監視員は戦闘員に組み敷かれ、すでに役に立っていない。
その様子を見て由布は方向を転じ、ホースと戦闘員の動きに注意しながらプールサイドに近づいた。
「お願い。…届いて」
由布は赤と青の腕章を、胸に一度きゅっと引き寄せると、渦に向けて投げた。
遥は、水をかこうと突き出した右手を突然ぐいと引っ張られ、混乱に支配された。
すぐ横を泳いでいたはずの燕も、遥と同じように、不格好に腕を突き出して水の中でもがいている。
白い泡が遥のまわりに集まりはじめた。
なんとか水面にあがろうとする遥を、泡が、上から押しつけるようにして遮る。
なんとかして、とにかく、一度息を継がないと…!
意識の薄れかけた遥の腕を、誰かがつかんだ。そして、遥の腕に何かがはめられる。
遥の意識が戻ってくる。力が全身に満ちてきた。
水面の渦から、水をしたたらせて、赤と青の戦士が飛び出した。
二人はプールサイドに降り立つと、蛇のように突っ込んできたホースを振り払った。
かと思うと、戦闘員が束になって襲ってくる。
「望むところよ!」
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