博斗は、コースを二往復ほどして、いったん水からあがった。


遥と燕は、今度は競走を始めている。

…もっとも、まともに戦っては遥に勝ち目がないため、燕は手を使わないというハンデを負っているが、それでやっと互角というところだ。


プールの隅っこのほうには、例のあずさお嬢様とその不愉快な仲間達が、せいぜいコーナーから五メートルかそこらという辺りをうろうろしている。

その先は急に水深が増し、足が立たなくなるから行きたくないのだろう。


つまるところ、あのお嬢様も見栄っ張りなだけというわけだ。

素直に子ども用プールで泳げば良さそうなものだと思うが、大人ぶって見せたいのだろうか。


博斗は目を転じた。フェンスを境に、向こう側に子ども用プールが見える。あっちはあっちで、たいした賑わいだ。どこかに、桜達もいると思うのだが。


いたいた。

翠が玉次郎の手をひき、クロールの練習をさせている。

桜はときおりタイミングをみて手を叩いている。息継ぎしろ、ということなのだろう。


「平和だな」

博斗は真っ青な空を見上げた。


「そうですね」

由布が相槌をうった。


「ほんとに、『出る』のか?」

博斗は欠伸をした。


「博斗先生…ムーのことですから、そういう噂をしていると、ほんとうに出ますよ?」


博斗の目は、水面の一点に集中した。

「…そうだな…なんか、すごく嫌な予感がしてきた…」


明らかに、不自然な水の流れが生まれている。

小さな渦状の泡立ち。


二人は固唾をのんで見守った。

渦は、まるで命ある生物のように、その近くを通り過ぎる人間にふらふらと近づいては、離れていく。品定めでもしているようだ。


「キャップ…遥さんと燕さんが!」

遥と燕が、一直線に渦に向かっている。

いや。二人の進行方向に重なるように、渦が移動したのだ。


「由布、桜と翠を呼ぶんだ!」

博斗は由布に叫ぶと、自分はプールに飛び込むべく駆け出した。


駆け出した博斗は、音もなくするすると近づいてきたホースにまったく気がつかなかった。

ホースは博斗の足を絡め取り、物凄い力で博斗の体を地面から引き剥がす。


「うわっ! なんだ、しまった!」

博斗はそのままホースによって空中に吊り上げられた。


同じようにホースが次々とプールサイドの人間達をつかまえはじめ、パンパンと弾けるような音がして、ありとあらゆる蛇口から勢いよく水が噴き出した。


どこからともなく青服の戦闘員が姿を現し、混乱に拍車をかけた。

泳いでいた人間達は右往左往し、勝手な方向に駆け回っている。監視員は戦闘員に組み敷かれ、すでに役に立っていない。


その様子を見て由布は方向を転じ、ホースと戦闘員の動きに注意しながらプールサイドに近づいた。

「お願い。…届いて」

由布は赤と青の腕章を、胸に一度きゅっと引き寄せると、渦に向けて投げた。


遥は、水をかこうと突き出した右手を突然ぐいと引っ張られ、混乱に支配された。

すぐ横を泳いでいたはずの燕も、遥と同じように、不格好に腕を突き出して水の中でもがいている。


白い泡が遥のまわりに集まりはじめた。

なんとか水面にあがろうとする遥を、泡が、上から押しつけるようにして遮る。


なんとかして、とにかく、一度息を継がないと…!


意識の薄れかけた遥の腕を、誰かがつかんだ。そして、遥の腕に何かがはめられる。


遥の意識が戻ってくる。力が全身に満ちてきた。


水面の渦から、水をしたたらせて、赤と青の戦士が飛び出した。

二人はプールサイドに降り立つと、蛇のように突っ込んできたホースを振り払った。


かと思うと、戦闘員が束になって襲ってくる。

「望むところよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る