3
陽が暮れた高台に立つ古いマンションの七階に、由布と母親の部屋がある。
「ただいま」
「おかえりなさい」
由布はためらった。
お父さんに会ったことを言うのは、まだやめよう。
お母さんには感謝しなければならない。
お母さんは、奨学生になっているとはいっても、学費のかかる私学に通っているわたしを養うために、日中ずっと働いている。
忙しいから、お母さんはわたしの食事を作らない。
わたしは自分で食事を作る。洗濯も自分でする。掃除も自分でする。
でも、わたしのためにお母さんは働いているのだから、わたしはそれでいい。
わたしがいなければ、お母さんはもっと楽になれるはずなのだから。
お母さんは、少しでもきっかけがあればわたしを叱る。
でもお母さんがわたしにどんなつらくあたっても、わたしは我慢する。
この前は、終業式の日だった。
戦いを終えて少し遅くなって帰ったら、お母さんがいた。
「帰ってくるのが遅いと思ったら、成績まで下がって!」
わたしの成績表を見たお母さんはわたしをぶった。
「あんたのためにお母さんがどれだけ苦労してるか、わかってるの?」
奨学金がないと、陽光学園にいられなくなる。
だから、わたしは叱られても仕方がない。
わたしが悪いのだから。
どんな事情があったにしても、少し成績が下がったことは事実なのだから。
そして、お母さんはいつもの一言を言う。
「ほんとに、あんたなんかひきとらなきゃよかったわよ! 食費だってばかになんないんだからね!」
お母さんは、ほんとうは、わたしなんかにいてほしくないのだ。
それなのに、わたしを置いてくれている。
(だったらどうしてわたしを引き取ったりしたの? ほっといてくれればよかったのに)
あなたは誰? 何を知っているの?
答えはない。
由布は両手をきつく体にまわして、自分の体を抱えこんだ。
でも、こんな悪夢はもう終わりになるはず。
これからお父さんと一緒に、きっと普通の家庭が帰ってくる。
どこにでもあるような、お父さんとお母さんがいてわたしを包んでくれる、そういう幸せがもうすぐ帰ってくるのだから。
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