まだ一限がはじまる前の早朝のことである。

体育祭が明日にせまったためか、理事長が臨時に二人を呼び出していた。


博斗はひかりとともに理事長室にやってきた。


「瀬谷君、そして酒々井君」

「はい」

「これまでの君たちの功績、大いに期待を上回るものであった。その努力にまず、礼を言いたい」


「それは、俺たちが受けるべき言葉じゃありませんね。彼女たちにこそ贈られるべきだ」

「彼女たちには別の機会に礼を言おうと思っているよ。…ひとまず、素直に私の言葉を受けてはくれないかな?」


博斗はやや考えたが、やはり首を振った。

「俺は、とてもムーを食い止めているなんて言えません。むしろ、連中は、なんというか、俺達をもてあそんでいるというか、俺達に勝つチャンスをあえて見過ごしてきているというか…」


「…それは、シータ参謀のことですね?」

ひかりが口を挟んだ。


「ええ。…あいつは、もう何度も俺やスクールファイブを討つチャンスがあったはずだ。…それを、わざとそのままに」

「ふうむ。連中はパンドラキーのありかを知らんからな。なんとかして君たちから聞き出すつもりなのだろう。…逆に言えば君たちが唯一のパンドラキーへの手がかりというわけだ」


「逆説的ですね。つまり連中は、俺達に勝たなければならないけれども、俺達を殺してはならないというわけでしょう?」

「そうなるな」


「少なくともシータ参謀はそう考えているでしょうね」

ひかりが付け加え、そしてすぐに怪訝な顔付きになった。

「しかし、ピラコチャまでそう考えているかどうか…。ご注意なさってください。見境がなくなるとなにをするかわからないタイプです」

「ああ」


「いずれにせよ」

理事長が立ち上がると、博斗の肩を叩いた。

「明日は体育祭だ。今日の準備を含めて、生徒会として東奔西走している隙を、ムーに狙われないとも限らない。…生徒総会の前例もあることだしな」


博斗は頭を掻いた。

「そればっかりは、俺じゃなくてムーに注文してほしいです」

「しかし、現実にその可能性は否定できませんよ、キャップ」


「たとえどのような事態になろうとも、体育祭は成功させなければならない。体育祭の成功は、陽光学園の生徒達にとって重要な意味を持つ。…もちろん、役員の彼女たち自身にとってもだ」


博斗は深く肯いた。

その点で異論はない。生徒の成長にとって、自分達の手で創り上げる行事は、何よりの糧になる。なんとしても成功させてやりたい。


「準備からすでに体育祭は始まっている。…瀬谷君、酒々井君、しっかりと、頼むぞ」

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