5
次の日もまた、前日から続く雨が降りしきる朝であった。
ちょうど八時になろうかというとき、電車のドアが開き、博斗は陽光中央駅のだだっぴろいホームに降り立った。
ホームの何両か後ろのあたりで、なにやら通常ならざる人だかりが出来ていた。
それだけなら、急ぎ足の博斗の足は、そのまま改札に向かっていたところだが、耳慣れた声がその人だかりの内側から聞こえてきた。
「ほんとだってば! つばめ、見たの!」
博斗は踵を返し、人だかりのほうに近づいた。
「ちょっと、ごめんなさい。通ります」
人の輪の内側には、ほとほと困り果てた顔をしている駅員二名と、その二人にしきりに何かを訴えている燕の姿があった。
「なんだなんだ、なんの騒ぎだ」
「あー、はくとせんせー」
燕が博斗を認めて泣き付いてきた。
「よしよし」
博斗は燕の頭をなでなでしてやりながら、駅員達に頭を下げた。
「どうもすみません、うちの生徒が迷惑かけたみたいで」
「う~ん。面倒というわけではなくて、むしろこの子は被害者らしいんですが…しかし、妙なことを言うんですよ」
「妙なこと?」
「はあ。変なおじさんが消えちゃった、って、そればっかりで要領を得ないんです」
「変なおじさん、ってなんだい?」
「あのね、つばめにベタベタ触るおじさん」
「な、なにぃっ! なんてうらやましい、いや、許せないオヤヂだ」
「どうも痴漢らしいんですがね、それが消えた消えたって、そればっかりで…」
「消えたってのはどういうことだ、燕君」
「うんとね、今日もおじさんね、つばめにくっついてたのね。それでね、つばめ、大声出したんだよ。『このおじさん、ちかんだよーっ』って」
「それで?」
「そしたらね、おじさん、消えちゃったの」
「は?」
「だからね、消えちゃったの」
燕は同じ言葉を繰り返した。
「ということをさっきからずっと…もう、参ってるんですよ。被害者らしいから、むげに扱うわけにもいかないでしょう?」
駅員達は困り果てた顔である。
「消えたってのはどういうことだい? もちっと詳しく」
博斗は燕のボキャブラリーの少なさが、そのような意味不明な表現を強いているのではないかと考えた。
「消えたは消えただよ。目の前から消えちゃったの」
「…だからぁ」
博斗は丁寧に繰り返した。燕と会話するときは根気が重要だ。
「人間がいきなり手品みたいに消えるわけないだろ?」
「いや、それが…」
と今度は駅員が博斗を遮った。
「他にも何人か、やっぱり、目の前からいきなり消えたっていう話が…」
「へ? その人たちは、どこへ?」
「それが、その、皆さん急いでいるということで、それ以上お引き止めするわけにもいかず…」
その言葉を聞いて、博斗はホームの時計を見やり、一限がせまりつつある事実に気付いた。
「おお。俺達も、おいとましないとまずいな。…ご迷惑おかけしてすみませんでした」
博斗はぺこぺこと頭を下げつつ、燕の手を引っ張った。
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