「それにね、あのね、電車ね、へんなおじさんがいてヤなの」

「へんなおじさん?」

「よくわかんないけどね、つばめが電車でがっこ行くときね、いっつもいるの」

「げ! それって…ストーカーじゃないの?」


「それでね、いっつもつばめの後ろにぴったりくっつくの。息クサくてね、気持ち悪いの。それにね、それにね、こう…」

と、燕は自分の手で太もものあたりをそっと撫でた。


「い、い、いゃああああああ」

遥が身を震わせて悲鳴を上げる。


「リ、リムジンでよかったですわ」

翠はほっと安堵の息をついた。

「やっぱり電車通学は乙女の精神衛生上、よろしくないですわよ」


「燕、それって、カンペキ痴漢だよ」

桜は腕組みをしてうんうんとうなずいている。


「燕って、ロリ好みな体型してるからねえ。チビで、ショートカットで、童顔で、貧乳で。…よかった、僕、メガネしてて。おんなじロリ体系でも、顔見て敬遠してくれる人、多いからねえ」

「メガネに異常執着する人もいますよ」

と由布。

「そ、それは言わんといて。とりあえず僕は不安からしばらく逃避していたいの」


「なんにしても、許せない話です」

と、由布が珍しく語気に怒りを含ませて言った。


「まったくだわ! 純真な乙女を貪り食う貪欲な鬼畜変態オヤヂ! 女の敵よ! 燕! 今度そのオヤヂにあったらね、いい『手加減なし』で、股間、蹴っ飛ばしてやるのよ!」


「コカン? ってなあに?」

燕はきょとんとした顔で言った。


「え、えっと…」

遥は、勢いづいて口走った自分の言葉の恥ずかしさに気付き、顔を赤らめた。

「股間ってのは、男の急所だよ。マタの間」

桜がこっそりと燕に諭した。

「ほへえ?」


由布が燕の前に立ち、しゃがんで視線を燕に合わせた。

「女の人に赤ちゃんを産む大切なものがあるのと同じで、男の人にも赤ちゃんを産むために必要な大切なものがあるんです」

由布は腰の下のあたりをさすって燕に示した。


「それは、使い方によって、命の源にもなれば、人を傷付けるものにもなるんです。…だから、間違った使い方をしようとしている人には、容赦しないでください」

由布の言葉は、一語一句、噛み締めるようであった。

燕に諭しているというよりは、自分に言い聞かせているようでもある。


「うん、わかったよ。よーするに、次のときから、蹴っちゃっていいんでしょ?」

と、燕は蹴り上げる仕種をした。実に明快な理解の仕方だ。

「それでいいと思います」


「あ、あのー」

と、稲穂がおずおずと口を挟んだ。

「さっきから皆さん言ってらっしゃる、痴漢ってなんですか?」


「またまた、稲穂ったら、話が重くなったから笑かそうとしちゃって!」

「い、いえ、あの、そういうつもりじゃ…」

「ほんとに言ってるの? ふへぇ~。稲穂ってどういう育ちかたしてきたのぉ? 実はどっかの高慢ちきなお嬢様より箱入りだとか?」


「稲穂、あんたも気を付けたほうがいいよ。可愛いんだから」

「は、はあ…。あの…私、一般的な基準からいって、可愛いんでしょうか?」


「また、そんなわかりきったこと聞くんだから」

「そうだねー、僕がオヤヂだったら、等身大ポップにして部屋に飾っておきたいって感じかな」

「そ、それはそれでもう痴漢とは別次元という気がしますけれど?」


「充分、魅力があると思いますよ。…博斗先生の態度を見ても一目瞭然だと思います」

由布がしっかりとフォローする。


「博斗先生は誰にでもあんなだから、あてにならないけどさあ、そうだねぇ、痴漢対策が必要なのは、燕より稲穂かもね」

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