その放課後、生徒会室ではいつもの面々が、いつものように集い、いつものように談笑していた。


「稲穂、今朝たいへんだったんでしょ?」

「今日は、電車に二時間ぐらい乗ってました」

「そういえば、稲穂さん、どちらから通っていらっしゃるんですの?」

「え、えーっと、あの、陽鉄本線の、だいぶ先のほうです」

「まさか地獄谷温泉ってことはないわよね?」

「ま、まあ、そこまでは」


「大変ですわね~。庶民は。私なんて、毎日送迎リムジンですから、おっほほほほほ」

「翠、あんたね~、高校生にもなって車で送り迎えなんて、お子様みたいで恥ずかしくないの?」

「ほほん、なんとでもおっしゃいな。しょ・せ・ん、貧乏人のひがみですわ」

「く、く~~~~~っ。悔しいっ!」


「だいたい、電車通学なんてロクなことがありませんでしょう? お金はかかるし、ラッシュはあるし、座れないし…」

「陽鉄のラッシュは世界一って評判だからね」

と、話題が自分の趣味に近づいたことを耳ざとく察知したか、桜が会話に入りこんできた。

「世界一?」


「そうだよ。だいたい、電車の通勤ラッシュなんて日本独特のものだからね」

桜はすらすらと淀みなく喋る。

というより、語り始めた桜を止めることはもはや誰にもできないのだ。

しかも今回は、聴衆も桜に聞き入っている。


「なんで日本だけそんなラッシュひどいのかしらね?」

「日本の首都圏のシステム上の問題だろうね。官公庁も、企業も、おっきいところが全部環状線のなかにあるでしょ?」

「うんうん」


「それに、揃いも揃ってほとんどどこも九時始業でしょ?」

「うんうん。学校も八時半ぐらいだよね」

遥が相づちを打つ。

「そう、だから、どうしたって七時から八時ぐらいの間に、人口の大移動が起こるわけ。みんな一斉に移動しちゃうんだよ」

「なるほど」


「あと問題なのが通勤時間。みんな長距離通勤で、一つの電車に乗り続けることが多いから、細かい人の入れ替わりがあんまりないんだよ。それでよけい、圧迫感が増すわけ」

「ずっと息苦しいままというわけですわね?」

「そ」


「通勤時間…ま、通学だけど、あたし、三十分ぐらい。稲穂は?」

「え? 一時間ぐらいです、確か」


「首都圏の日本人の平均通勤時間は一時間半だっていうね。文明の利便さが生んだ皮肉だよ。ほんとなら通勤圏じゃないような場所からでも、通勤できるようになっちゃってるんだ。片道一時間半だとさ、往復で三時間だよ? 一年間で千九十五時間、四十五日が通勤時間! こんな馬鹿な話ってないよね」


「じ、じゃあ、あたしは往復一時間だから、一年で十五日もムダに年とってるってことじゃない!」

「そう考えると、なんかヤでしょ?」

「う~ん。なんかね」


「人生は、一刻一刻にすべて価値があります。他の何かのために別の時間を犠牲にすることは避けたいものです」

ぽつりと由布が言った。なんとも、悟りきった言葉である。


「でもでも、由布だってバスで三十分ぐらいかかってるんでしょ?」

「私は、バスの中で読書か予習をしていますから」


「きゃ~~。やっぱり由布って努力家よねっ。あたしなんかもう、電車は爆睡って感じよ。もう最近、立ってても眠れるようになってきたもん!」

「新体操のバランス感覚が生きていらっしゃいますわね」

「う、うっさいわね」


「でもそういうの言い出したら、燕がいちばんなんじゃないのかなあ」

「どうして? 燕、チャリ通でしょ?」


「つばめ、自転車で朝ごはん。でもね、雨降ると電車で朝ごはん」


「?」

遥達はこの意味不明な「燕語」に首を傾げた。


「説明しよう!」

桜がうきうきと言った。

「いやあ、これって一回言ってみたかったんだよねぇ。あとは『こんなこともあろうかと』だよね。うんうん」


「そ、それはわかりましたですから、肝心の説明をお願いできませんですこと?」


「はいはい。燕は、いつもは毎朝、自転車こぎながら朝飯食べてるってこと。それで、雨が降ったときは電車のなかで朝飯食べてるんだよ」


「自転車で朝ご飯って…何食べてるの?」

「んーと、パンとか牛乳とかおにぎりとかいろいろ」

「朝の電車の中でもそれ食べるんですの?」

「うん。食べるよ」

「それは強い」


「なんか、ボロボロこぼれたりしません?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。なれるとオッケーだよ」

「な、慣れとかそいう問題なのですの? そう言えば燕さん、どうして自転車で登校されているのかしら? 陽光学園は原付可だと思いましたけれど?」


「だって、自転車のほうが速いもん」

「燕だけに納得」

「ね、燕がいちばんでしょ?」

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