博斗は一通りの板書を終えると、パンパンと手を払った。


すでに一時限目が始まってから二十分近くが経過していたが、今日は、教室に空席が目立つ。


陽光電鉄の本線で土砂の流出事故があり、上り線が遅れているのだという。


生徒達の三分の一ほどは陽鉄本線の上りを利用して登校している。

そのため、一時限目のこの教室にも、十人近い空席があるというわけだ。

遥はいるが稲穂が見られない。


なにやら騒がしくなった。

教室の後ろのドアが静かに開き、ぞろぞろと数人の生徒が入ってきた。

そのなかに、稲穂の姿もある。陽鉄本線の上りで来た生徒達だろう。


「すいません、先生、遅れました」

「ま、見りゃわかるよ。…今日はまだ出欠とってないから、早く席にいきな」

「あ、はい」


稲穂は遥の隣の自分の席に向かう。

湿って黒く輝くその髪から、ぽたぽたと滴が垂れていた。

「おはよ、稲穂。髪を拭ったほうがいいよ。せっかくきれいな髪なんだから」


「え? あ、は、はい…」

稲穂は赤面した。

「…あの、私の髪って、きれいなんですか?」


「えぇ? 自分で考えたことないの? すっごくうらやましいな。細くて、つやつやしてて。由布の長い髪もうらやましいけど、稲穂のふわふわしたのも、あたしはすごくいいと思うけど」


「はあ」

稲穂はタオルで頭を拭きながら、遥の横顔を見ていた。

きれいな髪…か。

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