第七話「消された痴漢」 痛勤怪人ツリカワムー登場
第七話「消された痴漢」 1
朝からじとじとと雨が降りしきる陰鬱な朝であった。
いま、シータの周囲には、どこから湧いたかと思えるほどの大量の人間達が渦巻き、見ず知らずのもの同士が体をぴったりと寄せ合い、無言のときを過ごしていた。
シータは深い思考に潜り、半ば恍惚状態となっていたため、それを不快ともなんとも感じてはいない。
シータは考えていた。
人間の社会はシータが眠っている間に、随分と変わった。
その変化が果たして進化なのか、それとも退化なのか。
まだこの社会に入り込んでからそう時間の経っていないシータには、なんとも計り兼ねていた。
ただ、シータは漠然と、かつてのムーと現在の地上の世界に、重なり合う部分が多いように感じていた。
ゆるりと退廃へと進みつつあるような倦怠感が、膿のようにこの社会にもじわじわと染み出しつつある。
そのいっぽうで、シータは、正体を隠したこの二重生活を、自身が楽しんでいることにも気付いていた。
あくまでも、これは目的の遂行のための演技に過ぎないはずであったが、一種の知的駆け引きとも言うべきこの二重生活は、一万年の眠りで苔むしていたシータには、心地よい刺激であった。
確実にシータは、自分がスクールファイブや瀬谷博斗に心惹かれていることを自覚していた。
オオヅタムーを使えば、あるいは瀬谷博斗を捕らえることも容易だったはずであるし、その気になれば、シータにはそういったチャンスは、これまでいくらでも転がっていた。
だが、シータはためらっていた。
まだ、この不可思議に空虚な物語を終わりにしたくないと思うのであった。
瀬谷博斗や彼女達の、いったい何が、これほどまでに自分を惹きつけているのだろうかと、シータは考える。
それは、自分が持っていない何かを、彼らが持っているからだろう、と、そこまでは察することが出来る。
しかしシータはそこでいつも考えに行き詰まる。
シータに欠けていて彼らにあるものとはいったい何なのだろう。
その答えがわかるときまで、スクールファイブと、戯れてみるのも悪くはない。
それに、気になるのはイシスだ。
イシスがスクールファイブにつきまとってしまうと、どうにも勝手が悪い。
いったいイシスは何を考えているのか。
一万年前から確かに思いつめたような気配はあったが、何も言わずに去るとは予期せぬことであった。
イシスは、ムーの再興など不可能と見切ったのかも知れぬ。
だが、なぜ一言も告げなかったのか。
オオヅタムーを使って、試みにイシスを挑発して探りを入れようとしてみたのだが、さっぱり尻尾を出さなかった。
シータは歯がゆく思う。
スクールファイブと接するうちに、何かをつかみかけているような気がする。かつてのシータとムーに欠けていた何かを。
イシスはすでにそれに気付いていて、それがイシスの変節の理由かもしれない。
シータは周囲の無機的な人間達から隔絶された自分の空間のなかで、あてもなく考えを巡らせるのであった。
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