その実習生は確かに変わっていた。

やや背の高い日本人といった背丈ではあるが、肌は日本人よりも茶色く、眼は青みがかっている。


はじめ博斗は、新しい語学講師でも来たのかと思っていたのだが、どっこい、理事長から紹介され、彼こそ博斗が担当する実習生であることを知ったのである。


博斗は彼を向かいの椅子に座らせると、挨拶話をはじめた。

「あらためて、俺は、瀬谷博斗です。よろしく」

「ワタシ、セルジナ新藤(しんどう)です。よろしっく、お願いしまっす」

セルジナは、やや癖のあるアクセントながら、かなり流暢な日本語で挨拶した。


「えーと…セルジナか。確か、中南米のほうにある小さな国でしたね」

「ハイー」

「申し訳ないんですが、セルジナってどういう国なのか、いまいち詳しくないんですよ。日本とは関係深いですかね?」

「セルジナから見たら日本は大切な友達ね。貿易量、いちばん大きいし、援助もいちばんね」

「あ、そうなんですか。…いや、ほんとに、ほとんど知らなくてすんません」


「ミスタ布施が、ミスタ博斗には説明しなさい言ってました。だから、言いますが私、セルジナの王子なのデース」

「なっ! お、王…む、むごごっ!」

博斗の口を、慌てたセルジナが塞いだ。

「オー、大声で言ってはダメね。これシークレット」


博斗は、まじまじとセルジナを見た。

言われてみると、なんとなく、気品のようなものを感じないでもない。育ちの良さがにじみ出ているように見える。


「なんだって王子様がこんな辺ぴな日本の高校に教育実習に来たんです?」

「ワタシのファザー言いました。セルジナの王になるに、いろいろ勉強必要と。それには、ジャパンがいちばんいいと言いました」


「日本がねえ? 俺にはそうは思えないですけど。あれ、そういえば君は、新藤ってことは、日本人の血が混じってるんですか?」

「ハイー。ワタシのマザー、ジャパンの人ね。ファザーがジャパンで見つけて、セルジナに連れて帰ったのよ」


「それで…」

と、セルジナが、カバンから何かを取り出した。

コルクで栓をした小さな瓶に、植物が入っている。


「これ、ワタシの家に伝わる伝説の花ね。名前エロガンダ言いまっす」

エロガンダのつぼみは、やや赤みがかっているようだが、まだ開く気配はない。


「ワタシの家、古い言い伝えあります。この花、プリンスのフィアンセになる女性の前でしか咲かないのでーす」

「フィアンセ?」


「ハイー。ワタシのファザー、ジャパンにいるときこの花が咲きました。そのとき一緒にいたのがワタシのマザーです。そのときの花の種が、このエロガンダになりましった」


博斗はしげしげとエロガンダを見つめた。マユツバな話だ。

そんな博斗の疑念を見透かしたかのように、セルジナが続けた。


「エロガンダずっとグリーンのつぼみでしった。But、陽光学園来てから、つぼみが赤くなり始めましった。きっと、この学園に、ワタシのフィアンセいるですよ」


博斗は苦笑した。

「ま、フィアンセを探すのもいいけど、君のここでの本職は教師だから、そっちもしっかりと頼みますよ」


「ハイー。ワタシ、一生懸命先生やりますね。そして、セルジナのこと、たくさんのジャパンの若い人に知ってもらいまっすね」


挨拶を済ませ、博斗はセルジナを連れて授業の教室に向かった。

博斗に続いてセルジナが教室に入ると、教室は拍手に包まれる。


「おーい、うるさいぞ。今日から二週間、実習生として、彼がこの時間を担当するからな。…じゃ、後は任せるよ」


博斗に引き継がれたセルジナは、教材を教卓に広げたはずみに、ひっかけて床にバラバラと落としてしまった。

「オオーウ!」

大袈裟に肩をすくめるセルジナだが、容姿のせいか、そんなオーバーな素振りもなんとなく板についている。


慌てふためくセルジナの姿は、彼が一国の王子であると知っている博斗にとっては、妙に笑いを誘うものだった。


博斗には、あんな戸惑いはなかった。博斗は、ただとにかく、教壇に立てるという喜びのほうが大きかった記憶がある。

それが、去年一年間で、教壇に立つことは喜びだけではなく恐怖も伴うものなのだということにようやく気づいた。

教えるということは、人の人生を変えうる行為なのだ。考えようによっては、とてつもなく恐ろしいことである。


はたしてセルジナはこの二週間で、どこまで経験を積んでくれるだろうか。

そしてそれは、セルジナが国に帰ったとき、どんな糧になるのだろうか。

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