ドアを開いた博斗は、生徒会室にいつもの顔ぶれを見い出した。

「試験前だってのに、結局ここにいるじゃないか」

「教室にいるより落ち着くんですよね。ここって」

と稲穂。


「稲穂君は役員じゃないはずなんだけどなぁ…それはそうと、どうだい、テストは?」


紙パック飲料のストローをくわえたまま、遥が博斗に飛びついた。

「ほれはんです! 博斗へんへい! へんへいって、世界史だけですか?」

「…まずストローを。何言ってるかわからん。んで?」


「他の科目とか、わかりません?」

「うーん…そこそこかな」

「じゃあ、勉強、教えてください!」

「そりゃムリだ! 社会科以外はムリ!」


「そんな様子じゃあ、少なくとも、遥には負けない自信がありますわ」

と翠が単語帳から顔を上げる。

「なによ!」


「だって今朝あなた、まだ48ページだって言ってたじゃない? いまわたくし、60ページまでマスターしましたわよ!」

「げっ、マジで?」

「マジですわ」

「くーっ、翠に負けるなんて絶対ダメダメ!」


博斗は燕に目をむけた。もっとも気になるのはこの子だ。

「燕は、どうだい?」

「ほえ?」


燕はカレーパンをほおばったまま、博斗に目をむけた。

「もぐもぐもぐ」

燕はカレーパンを食べることに一生懸命で、博斗の言葉には「?」という表情である。


「いや、いい。何となくわかった。あとは…お? 由布がヘッドホンしてるなんて珍しいじゃないか?」

由布はゆっくりとヘッドホンを外した。


「何を聞いてるんだい?」

「英語の…リスニングです」

由布はそれだけ言うと、再びヘッドホンを戻した。


確か、由布は学年でも何位かに入るほど成績がよかったはずだ。その成績の陰にはたゆまぬ努力というわけだ。…うんうん、生徒の鑑だな。


最後に博斗は、桜の机を覗きこんだ。

「桜君は何をしてんだい?」

「僕? 僕は、個人的趣味だよ」


「…な、なんだ、こりゃあ?」

博斗はすっとんきょうな声を上げた。


「フィギュアだよ」

「フィギュアって…これ…」


「そうだよ。1/10ケムシムー。ほんものの体毛使ってるからね、てかりが違うよ、てかりが。それに、全関節稼動のギミック! さらになんと、毛のついたシートをはがせば、体毛なしバージョンも楽しめる!」

桜は実に楽しそうに実演してみせた。


そういえば、最初の戦いのときグリーンがケムシムーの毛をせっせと集めていたが…こんなことに使うつもりだったのか!


「どう、リクエストがあればせんせにも作るよ」

「いるか!」

「ちぇ。安くしとくのに…」


「桜君、テストはいいのか?」

「うん」

桜はあっさり言い放つ。

「オール100点は無理かもしれないけどね」


博斗は口を閉じることを忘れた。

俺はなんと馬鹿な質問をしたんだろう! 桜はIQ600の超天才(天災?)じゃないか!


「ところでさ、せんせ。何か用があるんじゃないの?」

「ああ、そうだった。…なあ、花子さんのウワサって知ってるか?」


「ほら、これ」

桜が引き出しから紙切れを引っ張り出した。

「目安箱に入ってたんだ」

目安箱とは、生徒会室の前に取り付けられている「投書箱」だが、誰が言い始めたか、目安箱として通っている。


「なになに…『花子さんが怖くて、部活帰りにあのトイレが使えません。なんとかして。名もなき1年生より。』」

「これが入ってたのが昨日。僕はすぐ調べたかったんだけど…みんなが、テスト終わるまでダメだっ、て」

桜は口を尖らせている。


「当たり前でしょ! あたし達は、桜みたいに頭よくないんです! テスト前は余裕なんかないんだから!」


桜は、はっとしたように遥の顔を見返し、すぐに目を伏せた。


「ご、ごめん。…ちょっときつかったね」

遥が謝る。単刀直入な遥は、言葉に衣をかぶせることも苦手だ。


やや気まずい空気が生徒会室に流れたが、博斗は、この状況を打開する道があることに気づいた。

生徒の助けが必要な博斗と、暇を持て余している生徒がいる。


「桜君? 俺が今晩から、その花子さんの調査をするつもりだって言ったら?」


桜は眼鏡を押し上げ、右手でオーケーサインを出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る