第五話「花子応答せよ」 洗浄怪人ベンキムー登場

第五話「花子応答せよ」 1

生徒総会も終わり、陽光学園には平和な日々が続いていた。


当座の博斗達の関心事は、もっぱら一学期の中間テストである。

博斗はひととおり彼女達の学習状況は把握しているのだが、燕を除けばとくに問題はない。


燕に関しては博斗も頭を抱えていた。

博斗の受け持つ世界史だけは、彼女はしっかりと起きていてくれているのだが、他の科目の教師達の話では、それ以外の授業では眠り姫だという。


博斗としては、中間が駄目でも期末があるという現実逃避をして、燕の問題は後回しにすることに決めていた。

おかげで、授業のない空き時間には、博斗はふらふらと校内をうろつくことが多い。

たいてい、ふらついた行き先は保健室と決まっている。


今日も博斗は、保健室で緑茶をすすっていた。

「ご存知です博斗さん? ここ、二、三日の話なんですけど、生徒達のウワサがあるんですよ」

「ウワサ?」

「ええ。何人か、ちょっとノイローゼ気味になって保健室に来た子もいるんです」


「ふーん。…どんなウワサです?」

「1号棟三階のトイレに花子さんが出るというんですよ」

「はぁ? …花子さん、ですか?」


「博斗さんは、ご存知で?」

「まあね。どこの学校にもあるウワサだからなぁ。で? ひかりさんが話を持ち出すからには、何かあるんでしょう?」


「ええ」

ひかりは、花子さん騒動について、生徒から聞いた話を語り始めた。


事例1。

おとといのことである。

三年の生徒が、部活を終えて帰宅する前に、問題の1号館三階のトイレに入ったときのことだった。


奥から二番目の個室のドアだけが閉まっており、どこからかくすくすと笑う声が聞こえてきた。


なんとなく気味悪く思い、彼女は閉まっている個室の隣に入り、耳を澄ましてみた。

笑い声はやまない。

薄気味が悪くなって、用も足さずにトイレから出ようと思った彼女は、その個室から呼び止められた。

「ねえ、待って。遊んでってよ」


彼女は首をひねりながら、閉まっている個室のドアをノックしてみた。

「誰? イタズラはやめてよね」


ノックと同時に、ドアはひとりでに手前に開き、誰もいない個室が彼女の眼前に広がった。

彼女は悲鳴を上げて走り去り、翌日、ひかりに相談したというわけだ。


事例2。

その話を聞いた友人が、それは「トイレの花子さんに違いない」と、五人ほどの集団でトイレにいってみた。


なるほど、奥から二番目の個室が閉じたままである。

彼女達は、小学校の記憶を突き合わせ、花子さんを呼び出すためのノックの回数の平均値が三回であると計算し、三回ノックして聞いてみた。

「花子さん、いたら返事してください」


「は…い」

はっきりと、だがうつろな調子で、返事があった。


彼女達は、恐る恐るドアを開けてみた。鍵はかかっておらず、ドアはすんなり開いたのだが、やはり個室には誰もいなかった。


彼女達は、狭い個室内をくまなく調べたが、テープレコーダーのようなものはまったく見あたらず、結局、これまたひかりの元に相談に来た。


その後も、一人でトイレに入った女子生徒や、例の「手続き」をした生徒達は、「花子さん」からの呼びかけや返事を耳にしていた。


「と、こんな感じなんです。気になりませんか? 一人二人なら、ただの幻聴とも考えられますが…こう多いと…」

「そうだなあ…彼女達にでも調べてもらうかい?」

彼女達とは言うまでもなく生徒会の面々である。


「そうしたいのはやまやまですが、いまの彼女達には無理ですよ」

「なんで?」

「お忘れですか? テスト一週間前は原則として活動停止って、博斗さん御自分があの子達に言いましたよ?」

「ああ、そういやあ、そんなこと言ったなぁ」


中間テストで変な点数を取られると、結局ツケは博斗にまわってきてしまう。

それを考え、テスト前は、危急のとき以外は活動停止ということを言い渡してあるのだ。


「博斗先生、調べていただけません?」

「まあ、することもないですから。…ぼちぼち、調べてみますよ」


ちょうどそのとき、四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。昼休みだ。


ひかりに別れを告げた博斗は、生徒会室に足を伸ばした。

こういう話は、生徒達のほうが詳しいものだ。

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