13

その夜。

すでに日付も変わり、誰もが床に就いたと思われた未明のこと、山葵園の水辺に密かに、二つの人影が立っていた。


「驚いたな。お前がこんなところにいたとは」

「あら、それはお互い様ではないのですか?」


「何が狙いで奴等と行動をともにしているのだ?」

「その言葉も、そっくりそのままお返しいたします。…何をお考えなのですか?」


「言うまでもないだろう? 奴等を内部から攻撃するのだ。お前が何を狙っているかは知らないが、私の狙いはただその一点だけさ。内部からなら奴等の弱点も知る事ができるだろう」

「そうですか。いつもながら、賢明な選択ですね」


「どうする? 私の正体を奴等に告発するか?」

「いいえ。…もしそうしたならば、あなたも私の正体を告発するのでしょう?」

「もちろん、そうだろうな」


「それでは、お互いにとって不利益となるだけですね」

「そうだな」

「では、お互いに利益となるようにするには、どうすればいいとお考えです?」


「…このまま、私はお前に、お前は私に、気づかなかったということにしてしまうべきだろう」

「そうですね。では、そのようにしましょう」


「まったく、お前は変わった奴だな」

「ふふ。それは、あなたもですよ。夜も更けています。部屋に戻り、人間としてまた過ごすとしませんか?」

「そうするか。…人間のふりをするのも、案外面白いものだからな」


二つの影は、姿を消した。


かくして、何事もなかったように、温泉宿の夜はさらにふけていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る