第2話 

 五十嵐いがらし瑠美華るみか


 本人は、このパッと見きれいな自分の名前を「ゴテゴテしていて嫌い」と好んでいなかった。確かに全画数(と、言うのか?)は多くて、いちいち大変そうだけど。


 小川おがわなぎ


 これは私の名前。書くことが楽に見える(まあ、これは実際楽か)この名前を多くの人からうらやましがられた。ルミカも「ナギちゃん良いなー」と言っていた。

 ルミカと私が出会ったのは、お互い小学一年生だったとき。一緒の町内で、小学生のときは六年間ずっと登下校をともにしていた。四回も同じクラスになったし、仲は良かった方。

 けれど、特別仲が良かったわけではない。結構割り切った部分はあった。仲良くするけれど、別の友人グループ……という風だった私たち。そんな関係だったけれど、ルミカも私も嫌な気はしていなかった。

 そして中学生になったとき、私はルミカと一緒にいることが少なくなっていった。入学してから数か月間は二人で登下校していたけれど、やがて私たちは部活の違いやそれぞれの友人との付き合いなどで、登校も下校も別々になっていった。それでもルミカは私に対していつも友好的だったし、私も相変わらずルミカのことが好きだった。そんな風に変わらなかったこともあれば、変わったこともあった。それはルミカのことだ。


「ナギちゃーん、どう?」


 中学に入ってから、ルミカは段々と見た目が派手になっていった。染まる髪、短くなっていくスカート、かわいくデコレーションされていくカバンなどの私物、その他エトセトラ。


「いや~私はおしゃれに疎いから分からん……」


 ルミカの変化に戸惑っていた私。返しもこんなものばっかりだった。それでもルミカは気にならなかった様子。別に私の反応は、どうでも良かったのだろう。彼女はただ、変身した自身を私に見せたかっただけなのだから。


「ん~、そっか。じゃあ他の子に聞くね!」


 そんなサッパリした言葉で返すルミカを、私は「良いな」とも思っていた。彼女のそういうところが、私はずっと好きだった。けれど、


「ナギちゃんって、五十嵐と仲良いの?」

「うん、幼馴染だよ」

「……うえ~……。かわいそ~……」

「へ?」


 私の友人たちからは、なかなかの嫌悪感を抱かれていたルミカ。いや、私の友人たちからだけではない。


「何よ、あのクソビッチ!」

「ゆるゆる改札口、マジインラーン!」

「あいつ、ヤり過ぎてビョーキもらっちまえ!」


 原因は、派手な見た目と交友関係。そして彼氏がコロコロ変わること。


「またお前か、五十嵐!」


 先生たちからの注意もすごかった。いや、あれは攻撃と思われるかもしれない。それくらい一部(?)からのルミカに対する態度は悲しいものだった。

 だからといって、私はルミカから完全に離れる気はしなかった。なので、友人がルミカの悪口を言っても適当に流した。ルミカが忘れ物をしたら貸してあげたし、小学生のころよりも減ったけれど、一緒に町内の行事に参加することもあった。ちなみに、友人たちは私を嫌わなかった。今思えば、ルミカと私の距離は本当に絶妙なものだったのだろう。


「高校、頑張ろうね!」

「うん、合格おめでとう!」


 高校進学を境に、私たち二人は会わなくなった。私は自宅から近い高校へ、ルミカは電車通学を要する、少し遠い高校へ進んだ。不思議なことに、私たちは同じ町に住んでいても全然会わなかったのだ。


「ナギちゃん!」


 そして今、こうして久々に再会した。


「ホント久しぶり~。一瞬『あれっ?』と思ったけど、やっぱりルミカだー」

「声かけられてびっくりしたけど、良かったよ~ナギちゃんで。マジで嬉しいよ~」

「でさ、どうしたの?」

「え?」

「何か困っているみたいだったからさ」

「あ、えーと……」


 久々に会えたことに喜び合ったのも束の間、ルミカは再び困ってしまったようで、私は何だか申し訳なくなった。

 ……まずいこと、聞いちゃったかな……?


「あのさ、ルミカ」

「何?」

「どこか行くところあるの?」


 こんな質問して良いのか少し悩んだが、悪気は全然ないし、思い切って聞いた。


「……ない」

「そっか。じゃあさ、私の家に来なよ。今は、一人暮らしでさ。ここから近いんだ、私の家」


 幸い、今なら部屋も片付いている。


「……うん!」


 ルミカは心底嬉しそうだ。良かった。

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