再会

卯野ましろ

第1話 

「これで百社目アウトっと……」


 就活なう。なんて言えば現代っ子っぽいのだけれど、私はSNSをやってはいない。というか、やりたくない。

 ……でも、やっておけば良かったのだろうか。そうしたら就活のあれこれを情報交換して……いや、別にSNSを活用しなくたって、そんなことできるよな。

 ともかく、何なんだこの状況。百社目って何? 

 ドラマ?

 アニメ?

 漫画?

 まさか自分がこんな目に合うなんて思ってもいなかった。


「あなたたちの先輩の中にはね、百社以上も落っこちて、それでもめげずに就活した結果、内定をいただいた人もいるのよ。だから皆さん! くじけずにがんばってね! 応援しています!」


 大学の就活センターの人が言っていたこと。初めは「嘘だぁ~、ないない!」なんてケラケラ笑っていたけど……。

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。

 頭の中で、そう繰り返す。何がいけなかったのだろう。私は就活をナメていなかったはずだし、セミナーにはほぼ参加した。大学時代の経験だって、そう乏しくはないだろう。成績も、別に人からクソ呼ばわりされるレベルではない。むしろダブりに恐怖心を抱いて、勉強はきちんとしていた。

 はっ、ダブり。

 そういえば……昔見たドラマで、新卒の肩書きを失いたくないからダブりを決めた主人公がいた。

 それなら……!

 いやダメだ。これ以上、金も迷惑もかけてはいられない。

 ああでも新卒!


「はぁ……」


 ここで、ため息を一つ。しかしここまでくると、相当メンタルはボロボロにやられるものだ。自分を思い切り否定されている気分。いや気分じゃなくて、実際そうなのか?

 どっちみち、消えてなくなってしまいたいのに変わりはないけれど。

 消える……。

 就活に失敗して、自殺を選んだ人が……過去に何人もいる。


「就活がダメで『終活』するハメになんなきゃいーけどねー」


 誰がうまいこと言えと言った。あのとき友人と笑いながら絶賛していたジョークも、今となっては笑えない。

 死んじゃダメ!

 暗い方へ行くのは簡単。明るい方へ行くのは難しい。でも人はみんな、その難しい方へ進まなくてはならない。

 ……コンビニ行こ。

 こうなったら、食ってやる。やけ食いしてやる。好きなものを、いっぱい食べて……元気になるんだ。私は早速、出かける準備を始めた。


 まず、歯磨きをする。本日の口のケアは、これまでに一回しかしていない。起きて間もなく洗面所へ移り、コップに水を入れて、その水で口を軽くゆすいだくらい。ただいま午後六時半。でも別に不潔ではないと思う。こうして出かける前に、きちんと歯を磨いているのだし。

 ……そういえば、昔こんなことがあった。


「ちょっとあんた、口クサいわよ」


 母からの一言。対する私は、


「別に他人に会うわけでもないんだし、良いでしょ。何よ、それくらいでクサいって暴言吐いて」

「……あんた、いつからそんなフシダラな子になってしまったの」

「あ、夜はきちんと磨いているから。虫歯、怖いし。それでも不潔?」


 これ以上、母は何も言ってこなかった。それで私は「論破してやったハッハッ」とすっかり自分に酔っていたが、今思えば母は呆れて何も言えなくなってしまっただけだったのだろう。ズボラな娘に、言葉を失ったのだ。


「……くだらなっ」


 バカバカしい過去を振り返っているうちに支度は終わった。地味なヘアゴムで一本にまとめた黒髪。おなじみのグレーパーカーにジーンズ。くったくたの、全然かわいくない黒い靴下。そしてスッピン。

 別に良いではないか。コンビニへ行くだけなら、こんな格好で。

 最低限の必要とされる持ち物を手にし、家を出た。




 数分後、無事コンビニに到着。

 買うものは、もう決まっている。


「すいません、タッちゃん五個入り一……いや二つください」

「はい。タッちゃん五個入り二つ!」


 タッちゃん五個入り。竜田揚げが五個も入っているなんて……。しかも百三十五円。税込みで。買う気が沸かない……いやお湯じゃない。湧かない奴がどこにいるってんだ。

 ポテトチップスのり塩一袋が入ったカゴの前で、ニヤニヤ顔になりそうだった私。危ない。


「ありがとうございましたー」


 お会計と袋詰めが終了し、私は店を出た。家に着いたらパラダイスだ。宴だ。タッちゃん食って、コーラ飲んで、ポテチ食って、ウーロン茶飲んで……。高カロリーがなんだ。ルンルンルン。ルンルンルン。もう色々な場面で聞いたことのあるような詞でも口ずさみそうな気分だ。危ない。

 ……ん?

 店から出て、五歩ぐらいのところで足を止めた。

 あれ?

 あの子、見たことあるような……。

 その女の子は、何だかソワソワしていた。

 困っているのかな?

 というか、知り合い?

 いや違うか?

 話しかけるべきか。それとも……。でも困っている人を見捨てることはできない。

 ……よし!


「あのー」

「は、はいっ!」


 話しかけると、その女の子は金魚が跳ねる感じでビクッとした。

 そんな彼女の顔を見たら……ああ、やっぱり正解だ、私。


「ルミカ?」

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