第5話 銭湯と飯

俺はふと視線を感じ、はしゃぐのをやめた。もしやと思って入り口を見ていると、やはりそこには誰かがが唖然とした様子で立っていた。


「えっ、嘘。まじか。あのえっと...すいません。」


見られた。いい歳して何やってんだ俺…ふと我に返った俺はどうやり過ごそうかと頭を悩ます。どうする、いっそ無かった事にすれば…


いや、あの男は絶対バッチリと見ていただろう。よし、ここは…


「そう!新しいお笑いのネタ!はっはっは!」


あー!なんだそれは!空気が死んでるぞ!


チラリと俺は男の様子を伺った。彼はまだ入り口に立っていて、やはり唖然とした様子でこちらを伺っている。


「す、すまん、ここでの事は内緒にしてくれ!恥ずかしい!」


「お、おう、分かった、ぜ。それよりもまだここに人がいるなんてな。」


やっと口を開いた男。少しニヤッとしているようにも見える。何やら俺の息子を凝視されているような…


「大丈夫だ、俺だって前からやりたいって思ってた事だ。まさか実行する奴が居るとは思っても無かったがな。」


いやぁ、息お恥ずかしい、とそんな事を思いながら、俺はゆっくり風呂に浸かった。うお、あったけぇ。慣れない外出、唐突の異世界召喚、そして人との会話。その何れもが疲れとなり、俺の身体に積もっていた。やはり風呂は素晴らしいな。疲れが吹っ飛ぶようだ。


しばらくボーっとしていると、さっきの男が風呂に入ってきた。さっきは焦っていてしっかりと見ていなかったが、こうやってみると中々の筋肉質だ。カッコいい。剣士でもしているのだろうか。


「所でお前、見かけない顔だよな。最近引っ越してきたのか?それとも観光か?」


「あー、信じちゃくれないだろうが俺は今日召喚されてここに来たのさ。まぁ色々あって今はエリーに世話になっている。」


「エリーって言うとあの魔法使いか。中々のイケメンだよな。」


イケメンって…お前も勘違いしてるのか。


「エリーは女だぞ、俺も騙されてたけどな。」


ザバーンと音を立て、男は風呂から飛び出した。


「お、おまっ、お前それ本当か!?」


幾ら何でも驚きすぎだろ。俺も人の事言えないけどな。しかし驚きの中に悲しみらしき感情が男に浮かんでいるようだった。


「本当だが。どうしたんだ?何かあったのか?」


「いや、俺はあいつに惚れてたからよ…」


…え?今なんて?


惚 れ て た


惚れてたって好きだって事だよな?

つまり…こいつホモか!

どうりでさっき俺の息子を凝視してたわけだ。


俺は身の危険を感じ、すぐに風呂から出た。


ーーー


風呂から上がるとエリーは既にベンチに座っておばちゃんと話していた。

女だと意識して見てみると、湯気で火照っていて何と無くエロい。

おっと、収まれ俺の息子。


「あ、湯加減どうでした?ゆっくり出来たなら良かったです。」


「お陰様で疲れが吹っ飛んだよ。おばちゃんもありがとう。」


「いやぁねぇ、若い子がそう年寄りを口説くもんじゃないわよ。」


口説いたつもりは無いんだが…


銭湯から出ると外はもう薄暗くなっていた。来た道を辿って家に帰る。行きと同様エリーと俺の間に会話は途絶える事はなく、女性と知っても何ら変わらなく接する事が出来た。


考えてみるとこうやって女性と話すのは随分と久しぶりだ。現実だと話すどころか外にも出なかったからな。結構人と会話を交わすのが楽しく感じてきたぞ。


ーーー


家に帰るとエリーは台所に立って夕食を作り始めた。


「ヤマダさんは苦手な食べ物ありますか?」


「いや、基本何でも食べれるよ。」


初めて名前を呼んでくれた事に感動を覚えつつそう答える。本当はピーマンが苦手だが、美少女が作ってくれるのなら食べ切ってみせる。そもそもこの世界にピーマンがあるかも半信半疑だしな。


「久し振りのお客さんですから腕をふるっちゃいますよ!


気付くとお腹の虫が空腹を訴えていた。いい匂いに釣られ、虫たちが合唱を開始する。空腹を紛らわせるために俺は、室内を見渡した。


来たばっかりの時は狭く感じたが、よく観察してみると意外にも広い事がわかった。必要最低限の部屋だと思っていたが、ちらほらと可愛い小物が飾っており、女性の部屋にいるという実感が沸いてきた。


「できましたー、栄養たっぷりのシチューですよ。ヤマダさんも慣れない魔力を使って疲れてると思ったので…」


その気遣いがとても嬉しく思える。こんな美少女に身体のこと気遣ってもらえて俺はいつからそんなリア充になったんだ?このっ幸せ者め!


「んじゃいただきます。」

「今日も主からの恵みに感謝を…」


「「えっ?」」


俺とエリーは顔を見合わせて、同時に吹き出した。


「あはは、何ですかその間抜けな言葉」


「ぷぷぷ、何だよその厨二感漂う台詞は」


文化の違いか。それよりこっちにはいただきますは存在しないのか。


「いいこと思いつきました、聞いてください。もしその“いただきます”が食前の祝福の言葉ならば私も言う必要があります。代わりにヤマダさんだってこの世界の祝福を言わなきゃダメです。郷に入っては郷に従え、ですからね。だから二人ともどっちも言いましょうよ。」


エリーがニコっと笑って言った。そんな笑顔に見惚れつつ、


「名案だな、賛成だ。じゃあ、せーの!」


「「いただきます!」」

「「今日も主からの恵みに感謝を!」」


ーーー


P.S. エリーのシチューはいままで食べたどの料理よりも美味しかった。


ーーー


勇者lv. 0


魔法: 治癒魔法を使われた事がある

剣術: 剣さえ持った事ない

知能: 引きこもりだった時点でご察し、だがコミュ力は上がりつつある。

仲間: エリー


特技: 不明

趣味: エリーと食卓を囲むこと、銭湯

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