第28話 思い出の街は危険!


 ミドリとの関係が修復されたせいか、『ひゃくえんせんそう』の制作は順調に進んで行った。

 一方、雪江の周囲の動きもまた、解決に向かって進展しているようだった。警察は容疑者をかなり絞り込んでいるようだった。


雪江が容疑者リストから外されたわけではないが、真犯人によって陥れられた、という方向になりつつあるのを感じるという。


 僕は創作に打ち込めることに安堵する一方、ミドリからやっかいな頼みごとが来なくなったことに一抹の寂しさも感じていた。


 そんな時、突然、ミドリからメールが届いた。内容は、ある人に話を聞きに行きたいのだが、一人だと行きづらいから付き合ってほしいという物だった。僕は承諾し、待ち合わせ場所に向かった。ある人とは、優名の祖母、光江だった。


 見覚えのあるマンションの前に着くと、緑色のジャージ姿の少女が僕に向かって片手を上げた。


「急に呼び出してすまない。仕事は大丈夫なのか」


「ああ。おかげさまでこのところは順調だ」


 いい大人が小学生に「おかげさま」もない物だと思うが、僕とミドリに限り、ありだ。


「実はちょっと気になることを優名から聞いた。結衣ちゃんが幼いころ遊んでくれた『みっちゃん』という男の子の事を気にしていたことを覚えているか?」


「ああ。確か当時、中学生ぐらいだったっていうんだろう?」


「そうだ。芝居を禁じられてからという物、彼女の中でその『みっちゃん』の事が気になって仕方がなくなったらしいのだ。それで占い師のアドバイスに基づいて、可能性のありそうな町を絞り込んでいったところ、『みっちゃん』が通っていたらしい中学校にまでたどり着いたらしい」


「へえ。執念だな」


「そこで、その中学のサッカー部のコミュニティがないかどうか調べたらしい。現在の物はあったがOBのものがなかったので、現役の中学生とコミュニケ―ションを取りながら、当時の事を覚えている教師などに消息を聞いたらしい」


「……で、ついに当人に行きついたというわけか」


「彼女に当人から直接、書き込みを見かけたと言う連絡があったのだ。一度、街まで遊びに来ないかと言う誘いとともにな」


「いい話じゃないか。……そうかあ、今は昔と違って簡単に昔の知り合いを見つけられるんだな。謎もロマンもあったものじゃない」


「で、その話を優名にしたところ、塾に行けなくなって窮屈がっている優名が「一緒に行きたい」と飛びついた。結衣も一人で記憶の朧げな町に行くのは不安だったのだろう。二人で行く方向で話が進んでいるようだ」


「君は誘われなかったのかい」


「基本的には、二人で話が進んでいるようだ。一応、『ミドリちゃんも誘うかも』とは言っていたが。で、私にはどうも引っかかるところがあったので、こうして光江さんに話を聞きに来たというわけだ」


「なぜ光江さんに?」


「彼女が、優名と結衣が知りたい事の鍵を握っているからだ」


「どういうことだ?」


「まあ、その辺の事はこれから話すことになると思う。まずは光江さんを訪問だ」


 ミドリは何事か思案している様子で、すたすたとマンションの入り口に向かって歩き始めた。僕にはミドリの考えていることが想像すらできなかった。


 ミドリがあらかじめ連絡を入れておいたのか、光江は突然の訪問にも関わらずにこやかに二人を出迎えた。


「よく来たわねえ、ミドリちゃん。それに、秋津さんも」


「今日は、伺いたいことがあってきました」


「あらあら、何かしら。さあ、そんな玄関で固くなっていないで、テーブルに付いて。美味しいシフォンケーキがあるのよ」


「どうぞおかまいなく。……最近優名ちゃんは来ましたか?」


「優名はねえ、ほら、家庭教師が付いたから、忙しくてあんまりこっちには来られなくなったのよ」


「そうですか。……じゃあ、家庭教師さんも一緒に行くのかなあ。R町に」


 ミドリが独り言のように漏らした途端、紅茶を淹れていた光江の手が止まった。


「えっ……ミドリちゃん、今、なんて言ったの?R町って言わなかった?」


「言いました。実は近いうちに優名ちゃんと結衣ちゃんが、結衣ちゃんが小さい頃遊んだ『みっちゃん』というお兄さんに会いに、R町に行く計画を立てているんです」


「『みっちゃん……』そんな。まさか」


 光江は放心したように天を仰いだ。明らかに動揺していた。


「知ってるんですね。『みっちゃん』とR町のことを。話してもらえませんか」


 ミドリが詰め寄った時だった。据え置き電話が鳴り響いた。


「はい、もしもし……ああ、美咲さん?……えっ、なに?優名がいない?……結衣ちゃんと遊びに行ってくる?どこへ」


 僕は身を固くして会話に聞き入った。ミドリも光江の口元を凝視している。


「えっ、R町?ひかりさんが話を聞いた?どういうこと?……わかったわ、こっちに二人で来るのね。……待ってるわ」


 受話器を置いた後、光江はしばし放心状態だった。やがてふと思い出したように「ごめんなさい、今、急にたて込んじゃって。少し待っていてね」と言った。


 気まずい沈黙の中、出されたケーキを食べていると玄関のチャイムが鳴った。光江が応対し、やり取りがあった後、二つの人影が姿を現した。一人は美咲、もう一人はなぜかひかりだった。二人とも息を切らせ、一目でただ事ではないとわかる表情をしていた。


「どうしましょう、あんなところに行くなんて……」


 光江が言うと、ひかりが「外に私の車が停めてあります。光江さんも支度してください」と言った。のんきないつものひかりとはまるで別人だった。


「ええ、わかったわ。……秋津さん、ミドリちゃん、ごめんなさい。急に外出しなくちゃいけなくなったの」


「構いません。それより、私も連れて行ってもらえませんか?」


 ミドリの唐突な要求に、僕を含むその場の全員が絶句した。


「ミドリちゃん……悪いけど、これは深刻な話なの」


 ひかりが険しいまなざしになって言った。だが、ミドリは平然とそのまなざしを受け止めた。


「わかってます。これは、優名ちゃんと結衣ちゃんの本当の関係を知っている人物からの呼び出しだと思います」


「ミドリちゃん……何を言ってるの?」


 光江がおろおろと尋ねた。ミドリは美咲のほうを向くと、おもむろに口を開いた。


「R町に『みっちゃん』はいない。……そうですね?」


「ミドリちゃん、あなた何を知っているの?」


「私が知っているのは、優名ちゃんと結衣ちゃんが姉妹だという事です」


 ミドリの言葉に、その場にいる全員が息を呑んだ。やがて、光江が口を開いた。


「どうしてそれを……」

 

              〈第二十九回に続く〉


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