第4話 進学校は危険!


「つまり商品が欲しくて盗みを働いたんじゃあ、ないってこと?」


「そうだ。優名は別に商品が欲しかったわけではない」


「万引きという行為に意味があったわけか。よくあるのは、誰かに命令されて仕方なくっていうパターンだな」


「それは違う。誰かに脅されていたわけではない。万引きは優名自身の判断だ」


「となると、あとは……親や学校に対するあてつけかな」


 優名の肩が小さく震えた。ミドリが素早く目線を送ると、優名はゆっくりと頷いた。


「まあ、そんなところだ。あとは本人から説明してもらおう」


「学校を……やめたかったんです」


 ミドリに促され、優名はおずおずと口を開いた。


「何か物を盗めば、リュウホウにはいられなくなる、そう考えたんです」


 僕は咄嗟に記憶を弄った。リュウホウ、という響きに思い当たるものがあったのだ。


「リュウホウってのは、もしかして竜邦学園の事かい?優名ちゃんはそこの生徒なわけだ」


 竜邦学園というのはこの辺りでトップクラスの進学率を誇る、小中一貫の私立校だ。比較的裕福な家庭の子息が多く通っているらしい。


「うん。五年生」


 優名は声を低め、絞り出すように言った。


「どうしてやめたいの?いじめられてるの?」


 僕の問いかけに対し、優名は即座に頭を振った。


「お友達ができない。……それに、勉強も面白くない」


「要するに学校の雰囲気が嫌いってことか」


 優名は大きく頷いた。大人の目から見るとわがままに見えるかもしれないが、そういう理由で学校を辞めたくなることは確かにある。環境になじめない子供は案外多いものだ。


「優名ちゃんとしては、どんな学校だったらいいわけ?」


「どんなって……今の学校じゃなければいい。お父さんの会社がどうしたとか、一流レストランで何を食べたとか、みんな、大人がしたことを自分の事みたいに喋ってるだけでつまんない。私が「学校の帰りに面白い犬を見かけたよ」って話しても、「あっそう、それがどうかしたの」って感じでシラっとしてる。何を話してもかみ合わないから、つまんない」


「ふうむ。なるほど。それは確かにつまんないだろうなあ」


 優名の話には頷かせるものがあった。ようするにそれが「階級」というものなのだろう。優名は周囲が要求する「同じグループの匂い」に染まることができなかったのだ。


「うちの学校の子達は絶対に万引きなんてしないから、警察に捕まったら学校をクビになるかなと思ったの。うまく辞められたら、三年生まで通ってた元の学校に戻れるかもしれないって」


 優名が口にした学校名は、この辺り一帯の子供が通っている公立の小学校だった。


「このままリュウホウにいたら、中学に上がるときにセンバツテストを受けさせられちゃう。センバツテストでいい点を取ったら、特進クラスに入れられるの。お母さんは私を特進に入れたがってる。もし特進に決まったら、絶対に転校させてもらえない。そしたらもう、前の学校のお友達にも会えなくなる。そんなの絶対嫌だ。またカナちゃんやユキちゃんと遊びたい。リュウホウなんか嫌いだ」


「なるほど、素行を悪くして内部進学をあきらめさせようとしたわけか」


「ソコウ?」


 優名が小首を傾げた。僕は苦笑し、素行の意味を説明した。


「要するに、悪いことをすれば今の学校から追い出され、別の中学に進学しろと言われる……そうなることを期待したんだね?」


「うん。悪いことをする子なんて、今の学校にはいないから。物を盗めばきっと出て行けって言われると思った」


「学校が嫌だってことは、お母さんには話したの?」


「言った。何十回も言った。でもお母さん、私がそう言うと、なんか悲しそうな顔して、黙っちゃうの。そして『どうしても、慣れられない?』って聞くの」


「優名ちゃんは、お母さんになんて答えた?」


「たぶんって。本当は絶対無理って言いたかったけど、そしたら口をきいてくれなくなる」


「優名のお母さんは、今、住んでいるタワーマンションに強いこだわりがある。あのマンションの入居者は医者や経営者の家族ばかり、つまり高額所得者だ。そういった世帯の主婦達とお友達でいるには、子供がリュウホウに通っていることが必須条件なのだ」


 ううむ。必須なんて言葉、高校出るまで使ったことがなかったな。ミドリが繰り出す小学生らしからぬ単語に、僕は思わず肩をすくめた。


「それで?お母さんに万引きの事をどんな風に説明するつもりだい」


「そこだ」


 口を開いたのはミドリだった。眼鏡の奥の目が、妙にぎらついていた。


「実は今日は、作戦会議をしに来たのだ」


「ふうむ。……そういうことか。僕のところにわざわざやってきたのは、転校作戦の片棒を担がせようって肚だったんだな?」


「その通りだ。察しが早くて助かる。やはり君は私が期待した通りの人物だった」


 僕は唖然としつつ目の前の少女を眺めた。大人を相手にここまで尊大に振る舞えるとは。


「お世辞はいい。それより手伝うかどうかは内容を聴いた上で僕が判断する。いいね?」


「構わない。おそらく手伝ってくれると期待してはいるが」


「わからんぞ。大人には理屈では動かせない事情ってものがあるからな」


「そういう場合は仕方ない。ただ、今、私たちが考えている計画はさほど難しいものではない。優名のお母さんと一緒に食事をして、その際に芝居めいたことをしてくれればいい」


「食事を?」


「そうだ。実は明後日の土曜日に、お母さん仲間の一人がやっているカフェに招待されているのだ。もちろん、優名と優名のお母さんも招待されている。その時、『実は優名が学校でつらい思いをしている』という話題が出されるはずだ。君も調子を合わせてもらいたい」


「そんなこと言ったって、僕は招待されてないぜ」


 俊介が言うと、ミドリはにやりと笑った。


「心配するな。私もまだ招待されていない。君も私も、これから正式に招待されるのだ」


               〈第五回に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る