ミドリは危険!
五速 梁
第1話 目撃者は危険!
このままでは、ガモジラが作れない。
陳列棚を前に僕は思わず唸った。目の前のには、ゾウの形をした子供用のじょうろが並んでいた。いずれもカラフルに彩色され、愛くるしい笑みを浮かべている。
「形は悪くないんだ、……形は……」
僕は棚の前でぶつぶつと独り言を漏らした。
「……違う、ガモジラはこんな顔じゃない」
『ガモジラ』とは僕が現在制作中のフォト絵本『ひゃくえんせんそう』に登場させる怪獣の名前だ。子供向けの本だが、大人が見てもはっとするようなインパクトが欲しかった。
「何かお探しですか?」
気がつくと傍らに女性店員が立っていた。どうやら知らずに大きな声を出していたらしい。髪を無造作に束ねた女性店員は、よく見ると胸に「実習中」と書かれたプレートをつけている。二十歳くらいだろうか。百円ショップのエプロンがよく似合っている。
「あ、いえ……もっとこう、怖い顔のものはないんでしょうか」
「もっと怖い顔のやつ…ですか?」
「ええ、子供が怖がるような顔のやつです」
僕は声を低め「怖がる」の部分を強調した。
「この商品は、あいにくとこれ一種類だけなんですが……お子さんが使われるんですか?」
女性店員は、こころなしか怯えたような表情になっていた。
「私です。私が使うんです。子供たちを怖がらせるために」
「怖がらせるために……ですか」
女性店員は僕の言葉を反復すると、ううんと唸って首を捻った。
「とにかく、怖い顔の物はないってことですね。ありがとうございました」
僕はいくぶん引きつった表情の店員に微笑みかけると、じょうろを棚に戻した。
よし、とりあえずじょうろは忘れよう。僕は自分に言い聞かせると、ファンシーグッズ売り場に移動した。
今回の『ひゃくえんせんそう』は少し怖いドラマになっており、とりわけ悪役である『ガモジラ』の条件は厳しかった。吊り上がった目のように見える部分があること、火を吹くための大きな口があること……それらの条件を満たすことが絶対だった。
僕の絵本に登場するキャラクターは、基本的に生活物品の組み合わせでできている。
日用品にはそれぞれ独自の特徴があり、人形にはない味わいがある。それだけにどう組合わせるかに僕はとことんこだわっていた。
手足や尻尾にあたる部分は派手な色づかいがいい。形もユーモラスな方がいい。ファンシーグッズの中には、そんな物もあるに違いない。そう見当をつけてやってきたのだ。
僕はよりイメージに近い「顔」を求めてショップ内を移動した。「目」や「口」だけのパーツでもあればしめたもの。そう思って熱心に商品に見入ったが、気に入りそうな商品は見当たらなかった。
「仕方ない。顔以外の部分から先に揃えていくか……」
僕は「顔」探しを断念し、文具売り場に移動した。文具売り場は奥まった一角にあり、僕はここで定規やカッターをたびたび購入していた。僕が足を止めたのは、陳列棚を仕切っている柱の前だった。柱には一枚のポスターが貼られていた。中身は絵本の宣伝だ。
僕のフォト絵本第一弾『えんぴつナイトの冒険』だった。撮影用の小物を百円ショップで買っているうちに店長と顔見知りになり、頼み込んで貼らせてもらったのだ。
僕の名は秋津俊介。
二年ほど前まで、とある私立高校の教師だった。三十歳を機に子供の頃から憧れていた絵本作家になるべく退職し、塾講師などのアルバイトで生計を立てながら執筆を開始した。
安定した職を捨てて転身することに、当然のことながら不安はあった。が、自分の好きな道を迷うことなく進んでいけるという充実感は、やはり何にも代えがたいものだった。
問題は肝心の「絵」の部分だった。お世辞にも絵心があるとは言えない僕は、早々と自分の絵を使うことを諦めフォト絵本という形式を選んだ。これは日常雑貨などの何気ない素材を使ってこしらえたキャラクターを写真に撮り、絵の代わりに使うという物だった。
修行期間を一年と決め、僕は名刺代わりの作品を何冊か自作した。
自主制作したフォト絵本を、僕は様々な場所に持ちこんだ。雑貨店、フリーマーケット、小さな出版社……そのうち、ネットで公開したサンプルページなどから少しづつ買い手がつき出し、電子書籍などでわずかな部数を売り上げるようになっていった。
だが、と僕は思った。ほそぼそと売れたところで未来はない。ぼちぼち大きな賞でも獲って、貯金を切り崩す生活もそろそろ終わりにしたいところだ。
文具売り場に足を踏み入れると、手鏡や貯金箱など毒々しいまでにカラフルな彩色が目に飛び込んできた。シール、リボン、ヘアピン……漠然と眺めていると、ある商品に視線が吸い寄せられた。それは幼女向けアニメのキャラクターグッズだった。大きなハート形の装飾がついたステッキで、キャラクターの絵がプリントされている。
これだ。『ガモジラ』の尻尾は。
僕は商品を手に取ると、しげしげと眺めた。もちろんこのままでは使えない。上から別の色を重ねて、さらに形状も樹脂か何かで変えなければならない。それでも『ガモジラ』の尻尾はこれ以外に考えられなかった。
僕はステッキを握りしめると、迷うことなく買い物籠に入れた。
変な目で見られないうちに移動しよう。そう決めて体の向きを変えた時だった。
すぐ傍に立っている人影に目が行った。背丈からすると小学校の中学年くらいか。
キャップを目深にかぶっているため性別は分からないが、半ズボンと髪の長さから男子のように思われた。僕がおやと思ったのは人物の挙動だった。その人物は持っていたビニール袋に、手に取って眺めていた携帯アクセサリーをするりと落とし込んだのだった。
もしかして……万引き?
声をかけたものかためらっていると、人影は流れるような動きで棚の向こう側に姿を消した。人影が見えなくなると、同時に興味も薄れていった。僕は再び『ガモジラ』に意識を戻すと、レジへと移動した。
会計待ちの列の最後尾につくと、事務用品を手にしたОL風の女性が不審げな視線を投げかけてきた。幼女向けアニメのステッキを手にした三十代男性。怪しまれても、いたしかたない。何とか娘へのプレゼントと思ってもらえないものか。
平静を装って待っているとやがて会計が僕の番になった。レジの女性店員はこれといって不審がる様子も見せず、機械的に清算を行った。代金を支払い、釣銭を待っていた時だった。出口へと向かう通路に視線が吸い寄せられた。
小柄な人影が、レジを通ることなく店外に出ようとしていた。
さっきの子供だ。……やっぱり万引きか。
僕が睨み付けるのと同時に、人影が顔を上げた。視線が空中でぶつかった。次の瞬間、人影は何事かつぶやいた。その口の動きに僕ははっとなった。
〈第二回に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます