(3)誕生日会

「誕生日おめでと~~っ」

 派手な音が紙吹雪を散らし店内は拍手でいっぱいになった。誰かがピイと指笛を鳴らす。一斉にスマホを向けられた彼女は紙テープで華やかになった頭に触れ、えへへとはにかんだ。

「やー、ありがとうございます。おかげさまで十七歳になりました。十七歳。花も恥じらう十七歳でございます。十七歳の風祭秋子を何卒よろしくお願いします」

 何で選挙演説なんだよとツッコミが入り、どっと笑いが起こった。水飲み鳥みたいに頭を下げる彼女の後ろには「HAPPY BIRHDAY!」の横断幕が掲げられている。

 今回、俺が八色に来た目的の二つ目がこれ。秋子さんの誕生日会だ。賑やかにやるので是非と誘われていたのだがこれほど参加者が多いとは思わなかった。貸し切りの『風祭』には、鋼さんたちの姿はもちろん、八色校の友人や、茅野、桐ちゃんも座っている。幹事の鋼さん曰く「誘えばくる」らしい。全体的に女子が多いが男子もいる。けれど大半の顔ぶれには馴染みがなかった。うち背の高いボーイッシュな女子が秋子さんの肩を抱きながらスマホを翳した。

「ま、ホントの誕生日は明日なんだろ?」

 スマホに向けてポーズを取ると他の女子たちもカメラに群がってくる。

 秋子さんは控えめに両手でピースを作った。

「そーです。実はまだ十七歳モドキでして。今日は誕生日イヴなんです」

 秋子さんの誕生日は十一月九日。今年は秋祭りと重なっているため前倒しになったのだ。

「そっか。じゃあ今夜が十六歳最後の夜なんだね。……どうだい秋子? 君がひとつ大人になる時間をボクと一緒に過ごさないかい……?」

 長身な彼女が気障っぽい仕草で片手を取ると周りの女子たちが「ヒュー」と囃し立てた。当の秋子さんは「? 誕生日会ってそういうもんじゃないんですか?」とにこにこしていた。

「ほい、みんなおまちどおさまー」

 両手にトレイを乗せた慶衣さんが現れると店内にわっと歓声が上がった。

「よっ! 待ってました料理長!」

「八色の三ツ星シェフ!」

「慶衣先輩ステキー!」

「いや、料理長は宗助さんだから……」

 苦笑いを浮かべる慶衣さんに続きマスターが皿を運んでくる。慶衣さんとは違った意味で黄色い声が上がった。目の前に料理が飾られると前の席の茅野が「わあ」と口を大きくした。その隣の桐ちゃんも同じような顔をしている。俺はスマホを翳してシャッターを切った。サラダにカルパッチョ。ブルスケッタ。色彩豊かな前菜が画面の奧で輝いていた。祭りの準備が終わったあとにこれらの品を用意したのだから恐れ入るばかりだ。

「……おい、慶衣。何で俺のだけ量が少ねえんだ?」

 鋼さんがぼそりと抗議を入れたが慶衣さんは無視をしてグラスを掲げた。

「みんな飲み物は行き届いたね? じゃあ改めて秋子十七歳の誕生日を祝し」

『乾杯~』

 グラスのかち合う音が響き、パーティーが始まった。

 最初はマスターの料理を堪能しながら自席でわいわいやっていた。桐ちゃんから活動の近況を教えて貰っていると茅野が「なになに?」と首を突っ込んできた。鋼さんは始めこそ俺たちと談笑していたが、すぐにあちこちのテーブルへ顔を出し、ふざけたり煙たがられたりしていた。やがて皆の前で動物の鳴き真似シリーズを披露し始め「チョイスがマイナー過ぎる!」と批判を浴びていた。

 主役の秋子さんは、キリンの鳴き真似をする鋼さんを見ながら、俺の知らないひとたちと笑い合っていた。その笑顔はいつも見るそれと何も変わらなくて、それでいてどこか違うような雰囲気もあって、何だか不思議な感じがした。

「ばんわー」

 二人の女子が声をかけてきた。双子だ。どこか眠たげな眼をしたその二人は、同じ顔、同じ角度で敬礼のポーズを取った。

「はじめまして。あたしは白藤梨々花」

「あたしは瑠々花。見ての通りドッペルゲンガーの使い手です」

 なんでやねんと梨々花が覇気なくツッコミを入れる。俺は戸惑いながらも「はじめまして」と自己紹介した。双子は鏡みたいに顔を見合わせると、こくりと頷いた。

「キミ、あれでしょ?」

「アレ?」

「あれ」

 アレとは?

「秋子のカレシ」

 飲みかけのジュースをごふりと噴き出した。咳き込み、慌てて叫んだ。

「何の話ですか!?」

「いやいや皆まで言うな少年。秋子からはよぉーく話を聞いてるよ?」

「夏休みに高砂翁の孫と遊んだって。弟ができたみたいで楽しかったって」

「弟はカレシの隠語。つまりキミは秋子のカレシ」

「どこの業界の話!?」

 双子は「社会常識じゃないの?」と眉をひそめる。いや聞いたことないから。

 口元を拭いながら真ん中の席をちらと見やった。秋子さんが俺のことをそんなふうに話していたかと思うと何だか身体が汗ばんできた。ボタンを開けて襟を仰ぐ。そして、ふと気が付いた。好奇の視線が注がれていることに。どこからともなくささめきが聞こえてくる。「え? 秋子の彼氏?」「マジ? あの子が?」「成海さんいつから私の彼氏だったんですか?」などなど。特に男子席からは事と次第によってはと言わんばかりの空気が流れてくる。弁解すべきだろうか。沈黙を通すべきだろうか。判断に迷っていると『バン!』とテーブルに手が打ち付けられた。

「ひどい、高砂さん! 私というものがありながら!」

「え、桐ちゃん!?」

「そうだよ成海くん! あたしとの関係は遊びだったの!?」

「!? 茅野、おま……」

 中学生二人は情感たっぷりに瞳を潤ませたあとニタリと顔を歪ませた。

 こいつら……!

 歯を食い縛って女ども睨む。

 次の瞬間、背筋にぞくりと殺気を感じた。危険を察して振り返ると男衆が禍々しいオーラを立ち昇らせていた。ひとりがゆらりと席を立った。

「……おい、鋼。なんだあそこのウラナリは? 俺らの敵か? 滅ぼすべき相手か?」

 鋼さんは腕を組み、重々しく頷いた。

「ああ、そうすべき相手だ」

「鋼さん!?」

「残念だよ成海。お前をこの手にかけねばならないとは。お前のことは……兄弟も同然に思っていた」

 鋼さんは涙を拭う真似をすると「跡形も残すなッ」と腕を振った。うおおおと地鳴りのような声が響き暑苦しい連中が迫ってくる! あとは……もみくちゃにされて散々だった。けしかけた桐ちゃんと茅野は腹を抱えて笑っていた。慶衣さんも、秋子さんも、みんな笑っていたように思う。マスターの「いい加減にしなさい」の一言で悪ふざけは仕舞いになった。

 騒ぎが落ち着いてからはプレゼントを渡す時間になった。秋子さんはカラフルにラッピングされた贈り物を前に、わあっと瞳を輝かせた。

「ゴースト・ラビリンスのケーキですね。私これ大好きなんですよ~。こちらは……アモーレのクッキー! すごい。また高級なものを。フォルモーントのチョコレートもある。美味しいんですよね、これ」

 見事に食い物ばかりだった。当の本人が幸せそうに口許をフニャフニャさせているので別に構わないのだが。

「ええと、こちらは」

 また一つ箱を手に取った。俺は片手を上げた。

「俺と桐ちゃんと茅野から。気に入るかどうか分からないけど」

 彼女は丁寧にリボンを解き、現れた紙箱の蓋を開いた。隙間に指を挿し入れる。

 取り出したものを両手で掲げ、ほうと息を漏らした。

 深みのある焦げ茶の土台に、鉄色のカバー。その上部から真横にハンドルが伸びている。顎に手を添えた慶衣さんが「こりゃ洒落てるね」と感心した。

「手挽きのコーヒーミル。雑貨屋で見つけたんだ。マスターの好みがあるだろうから店では使えないかもだけど、自分用にどうかなって。インテリアにもなるよ」

「高砂さんが選んだんですよ。可愛いデザインでしょう?」

 桐ちゃんが指で触れたのはハンドルの軸だ。器具の天辺で、ドレスを着た少女の人形が手を広げていた。

「ハンドルと連動してて回すとくるくる踊るんだって。面白いでしょ?」

 茅野はにかりと白い歯を溢した。

 くるくる踊る少女の人形。その光景を想像したのかも知れない。瞳が瞬くたびに口許が綻んでいった。

「いいんですか? こんな素敵なものを頂いて」

「もちろん。ダメだなんて言うと思う?」

 双眸がきらりと光を取り込んだ。

 ミルを両腕で抱き、大切にしますと目を細めた。


 ケーキの蝋燭が吹き消され、生クリームをたっぷり味わったあと、俺はトイレで息を吐いた。個室に座って黙っていると静寂が音を運び込んできた。椅子が轢かれる音。どたばたと床が踏み鳴らされる音。拍手。みんなの笑い声……。

 木製の扉の上で葵姉ちゃんが微笑んでいた。いつも俺にそうしてたみたいに。

 姉ちゃんに会いたいな。

 ぽかぽかとした胸に手を当てていると、何故だかそんな気分になった。

 瞼をぎゅっと閉ざし、両手でぱちりと頬を叩いた。

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