(3)ちょっと面白いもん見せてやろう

 コーヒーを飲み終えた桐ちゃんは満足気に息を吐き、帰り支度を始めた。パソコンの電源を落としカバーに手をかける。そんな彼女を鋼さんが呼び止めた。

「桐ちゃん、写真」

「あ、そうでした」

 鋼さんの指にはUSBメモリーが摘ままれている。桐ちゃんは慌ててパソコンのカバーを開いた。写真とは、去年の秋祭りの写真のことだ。桐ちゃんはまだ見たことがないらしく秋子さんが巫女舞を奉納するという話をしたらネタになるかも知れないと眼鏡を光らせた。それを聞いた鋼さんが「知り合いが写真を持っているから」と提供を申し出たのだ。

 桐ちゃんは受け取ったUSBメモリーをポートに挿入した。

「日付が振ってるフォルダをコピーして。他のはプライベートなやつだから開けないでくれな?」

「おいエロコウ。うちの店に汚らわしーもん持って来てんじゃねーよ」

「うっせーブス。未使用の清潔なまな板は日用品売り場に並んでろ」

 コロすぞコラァーと慶衣さんが掴みかかった。桐ちゃんは巻き込まれないよう窓際へパソコンを避難させる。俺が向かいから首を伸ばすと画面が見えるように回してくれた。ディスプレイには複数のサムネイルが表示されていて、うち一枚をクリックすると巫女装束で舞う黒髪の女性が映し出された。これが呉葉姫を演じる巫女なのだろうか。装束は一般的なものに近く、茅野の叔父が描いていたそれとは異なっている。鮮やかな緋色の袴に、紅葉紋様の千早。手には檜扇と鈴を持ち、額には黄金色の冠。頭の左右から鹿の角のようなものが伸びていて、これはどうやら楓の枝を飾り付けているらしかった。巫女は檜扇を斜めに翳し、千早の袖を羽のように広げていた。矢印ボタンをかちかち押すと写真がコマ送りで切り替わる。それだけで舞の動きが分かるわけではないが、衣を翻す姿は優雅だった。今年は秋子さんがこの衣装で舞い踊るのだ。

 膨らむ何かを自覚しながら俺は窓の外を覗いた。当の秋子さんはマスターのお使いで外に出ている。そろそろ帰って来る頃かも知れない。

 と厨房からマスターが顔を出した。

「慶衣さん。そろそろ仕込みを手伝ってくれませんか? あなたが鋼くんとふざける時間にお給料を払っているわけではないのですよ」

 慶衣さんは頭を叩く手をぴたりと止めた。「はーい」と口を丸くする。

「あと、他のお客様がいるときに騒いだら本気で怒りますからね?」

「わかってるって。やってないじゃん。それは」

 そんなやり取りがカウンターの奧へ引っ込んでいく。

 桐ちゃんもポートに指を伸ばした。

「じゃあ、私もそろそろ失礼します。古宮さん、ありがとうございました。これお返ししますね」

「お、おう……」

 鋼さんはと言えば、散々引っ叩かれてボロ雑巾みたいになっていた。自業自得だ。

 桐ちゃんは荷物をまとめると厨房の二人に声をかけた。俺たちにも一礼する。鋼さんは、扉を出る彼女に手を振ったあと厨房のほうへ目を向けた。数秒ほど耳を立て、今度は俺に顔を寄せてくる。

「さて成海。お前のノーパソちょっといいか?」

「え? あ、うん」

 最近ここに集まるときは俺もノートパソコンを持参するようにしている。桐ちゃんと互いの作品を見せ合うこと。創作について意見を交わすこと。それらはとても有益だからだ。もっとも俺からあの子に何かを提供できているかと言えば、大いに疑問が付くところではあるが。

 鋼さんは、ニヤリと口の端を釣り上げ、

「ちょっと面白いもん見せてやろう」

 とメモリーを勝手に挿し込んだ。

「ちょっと……変なウイルスとか入ってんじゃないでしょうね?」

「それなら桐ちゃんにも感染しとるわ。何だ。テロリストか。俺は」

 チカチカとUSBメモリーが点滅しディスプレイにウィンドウが表示される。先ほどと変わらない動作。だが鋼さんがクリックしたのは桐ちゃんに見るなと指示をしていたフォルダだった。開くと同じようにサムネイルが表示される。やはり画像データのようだ。小さくてよく分からないが高校の友人らを撮った写真に見えた。鋼さんはうち一枚をクリックした。画面いっぱいに拡大されたそれに、俺は、はっと息を呑んだ。

「ちょっ……鋼さん、これ!?」

「バッカ、声が大きい!」

 武骨な右手が俺の口を塞いだ。両目は厨房を睨んでいた。予想通り、奥から尖った声が飛んできた。

「おい、コウ! お前やっぱ変な動画見てんだろ! やめろドスケベ! 店が汚れる!」

「んなもん見てねえよ! おめーは黙って仕事してろ!」

 言い返し、今度は口の前で人差し指を立てた。

「成海、お前、声がでけえっ」

 口を覆っていた手が離れる。俺はボリュームを抑えて言った。

「……ちょっと鋼さん。何てもん持ってるんですかっ。捕まりますよ!?」

「なんでだよっ」

「なんでって、これ……」

 数人の女子が更衣室で着替えている写真だった。

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