(3)ひとりにしないで
荒野にいた。ひとり。寄る辺もなく。
ひび割れた黄土色が地平の果てまで続いていて、まるで老人の肌だった。草一本なく、風も吹かない。何もかも枯れ果てていた。俺は、足の向く先へ歩み出した。一歩。二歩。三歩。倒れ込む身体をただ支えるみたいに。延々と同じ動作を繰り返す。何日も。何か月も。何十年も。何百年も。苦しくとも。土と足の見分けがつかなくなろうとも。
行き先は分からない。でも何かに駆り立てられていた。自分では抗えない何か。
何だろう?
立ち止まり、その何かを手繰ってみた。そして……俺は全力で大地を蹴った。
忘れていた。なぜ歩くのか。なぜ走るのか。この胸にあるものは何か。一体どこへ往こうとしているのか。己の愚かさを心底から呪った。俺が荒野を往く目的。この胸にあるもの。それは……。
恐怖だ。俺は、逃げるために彷徨っていたのだ!
それを自覚した瞬間、焦燥が心臓を鷲掴みにした。太腿に力を込めて先を急ぐ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ! だが次の瞬間、両脚がずぶりと地面に沈んだ。驚愕に目を見開いた。大地はいつの間にか泥に成っていた。焦り、滅茶苦茶に脚をばたつかせた。でも重さがまとわりついて身動きが取れない。早く抜け出さなければ。
焦燥感で泣きそうになる。すると周囲がパッと明るくなった。
「ああ!」
驚怖と共に振り返った。地平から太陽が顔を覗かせていた。巨大に膨れ上がった赤色巨星が世界を焼き尽そうと微笑んでいた。無邪気に。明るく。絶望を携えて。俺は狂った虫みたいに手足をばたつかせた。だが抵抗は用を成さなかった。必死になって叫んだ。
「助けて!」
聞き止めてくれるひとは誰もない。代わりに満ちるのは美しい歌声。女神を賛美する歓喜の歌声。俺はいよいよ泣き叫んで助けを求めた。肺を焼かれながら。目玉を焼かれながら。
いやだ。焼かれるのはいやだ。灰になるのはいやだ。消えるのはいやだ。見捨てられるのはいやだ。助けて。誰か助けて。お願いだ。どうか。
「……ぼくを、ひとりにしないで」
そのとき……風が吹いた。
爛れた指に触れるものがあった。俺は、ゆっくりと顔を持ち上げた。
頭上を紅葉が覆っていた。懐かしい、楓の木だった。熱は嘘のように和らぎ枝葉の隙間から光が降り注いでいた。綺麗だった。鮮やかな紅色がさらさらと揺れ、どこか楽しげな音色を奏でていた。指に触れていたのは木の肌だった。ひんやりとして心地良かった。何かが、自分のなかで洗い流されていくのを感じていた。自然と彼女の名前が浮かんだ。俺は、嬉しくなってもう一度彼女に呼びかけた。
夢は、そこで覚めた。
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